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Chapter1
若手社員を動機づけて成長させる

5月は、入社した新卒社員が、そろそろ現場に配属される時期です。最近の若手社員は何にやる気を感じ、どのように指導すれば能力が伸びるのでしょうか?マネジャー層の悩みは日本に限ったことではないでしょう。今回は、最新の動機づけの理論を解説し、若手社員のやる気を引き出す働きかけについて考えます。さらに、若手の指導で役立つ「能力変化観」という考え方を紹介しましょう。

<相談内容>

新人AさんのOJT指導を担当しています。Aさんはやる気が低く努力が足りないのか、毎回注意しているのに何度も同じ失敗をしてしまいます。ちゃんと仕事を覚えて間違わずに業務を遂行してもらうには、どのような指導が効果的でしょうか?

(30代男性 O.Y.)

    【解説】

    新人のOJT指導は大変ですね。O.Y.さんがAさんの失敗を個人の資質や能力のせいにせず、自身の指導をどうすればよいか問いかけているのは、素晴らしいことだと思います。それでは、Aさんに自主的に仕事を覚えてもらうために、仕事への取り組み意欲を高める作戦を一緒に考えてみましょう。

    仕事へのやる気を高める要因とは

    O.Y.さんは、Aさんが失敗を繰り返すのは、仕事の意欲が低く努力が不十分なことが原因ではないか、と考えているようです。どうしたらAさんのやる気が高まり、仕事を覚えることに自主的に努めるようになるでしょうか? Aさんの成長を促す、もっとも効果的な動機づけは、報酬、昇進、周囲からの承認、職場の人間関係、仕事そのもの、自己のスキルアップ等々...、どれでしょう?

    日経ネットPlusが2007年に行った調査では、仕事で働きがいを感じる要素として、全回答者のうち「自己の成長」を挙げた人が一番多く、46%に上っています。続いて、「仕事への達成感」(43%)、「自分の職場への貢献」(42%)、「仕事を通じた社会への貢献」(40%)、「ユーザー、顧客からの評価」(36%)でした。一方、「賃金」と答えた人は31%、「出世」は5%しかいませんでした[*1]。動機づけの要因は人それぞれです。まずはAさんがどのようなことに動機づけられるのかを、日頃の会話や観察の中から、つかむことが大切です。

    人の成長に欠かせない内発的動機づけ

    ここからは、Aさんのやる気を高めるために、O.Y.さんに知っておいてほしい「内発的動機づけ」について説明します。

    内発的動機づけとは、仕事そのものに面白さややりがいを感じ、動機づけられている状態を指します[*2]。人が他人から強制されるのではなく、自分から進んで仕事を覚えるには、内発的動機づけが欠かせません。賃金や肩書といった外部の要因に動機づけられる外発的動機づけに比べ、内発的動機づけは、仕事自体の面白さや手ごたえが原動力になるため、仕事への意欲が長持ちします。

    企業では以前から、外的報酬が社員のやる気を高めて成果を向上させると考え、評価や賃金、昇進などの制度・しくみを充実させてきました。しかし、心理学者デシの研究によって、外発的動機づけは不用意に用いると内発的動機づけを下げる、という事実が指摘され、外的報酬の限界が明らかになりました[*3]

    内発的動機づけの視点から考えると、Aさんに仕事の面白さや充実感、達成感を味わってもらうことが、Aさんの仕事への興味、意欲を引き出し、ミスを少なくする方法だと思われます。「がんばれば評価されるぞ」「しっかりやらないと落ちこぼれるぞ」といった信賞必罰的な働きかけは、Aさんの主な動機づけのボタンが「他人より優位に立ちたい」「周囲に認められたい」といったものでない限り、短期的にミスを減らせても、継続的な成長にはあまり効き目がないでしょう。それどころか、Aさんは上司からの評価ばかりに気をとられ、仕事そのものに対する興味を失ってしまうかもしれません。

    今の社会で求められる「モチベーション3.0」とは

    次に、Aさんへの動機づけの話を発展させて、昨今、内発的動機づけが重んじられる背景を考えてみましょう。ゴア元副大統領のスピーチライターも務めたダニエル・ピンクは、前述のデシの主張を発展させて、「複雑でクリエイティブな仕事に携わる人には、反復定型作業に従事する人への動機づけは効かない」と訴えています。彼の著書『モチベーション3.0』は米国でベストセラーとなり、日本でも話題となったので、ご存じの方も多いと思います[*4]

    ピンクは「20世紀の多くの仕事で求められた反復定型作業では、外発的動機づけ(「モチベーション2.0」)が有効で、楽しくない退屈な単純作業に従事する人は、報酬や罰則を用いて、怠けないで働かせる必要があった。一方、21世紀に増加した創造性を必要とする仕事では、自身の内面から湧き出る"内なる意欲"、つまり、成長実感や達成感、知的な興奮、社会貢献などの内発的動機づけ(「モチベーション3.0」)により、創造性を発揮する」と述べています。

    動機づけ 3つのキーワード

    さらにピンクは、知的で創造的な仕事に従事する人の動機づけのキーワードは、「Purpose(目的)」「Autonomy(自律性)」「Mastery(熟達)」の3つだと述べています。創造的な仕事に従事する人は、顧客や社会への貢献など、仕事の目的に意義を感じて、自ら行動し、専門性を高め成長することで、充実した人生を送り、同時に、創造的な仕事を通じて、顧客や社会にとって大きな価値を生み出すことで、会社、顧客、社会に貢献できる、としています。

    言い換えれば知的で創造的な仕事をする人は、人生において意義ある目的を達成し満足感を得るためなら、仕事に大きなエネルギーを注ぐ一方、業績を上げて高い報酬を得るだけでは仕事に熱中しないわけです。グーグルやアップルのようなイノベーティブな企業で働く技術者たちは、待遇よりも「自分が作り出す製品、サービスで世界を変える」という壮大なビジョンに魅力を感じて集まります。彼らにとって得られる収入は、自分が行った社会への貢献の結果でしかありません。

    また、高度にクリエイティブな仕事に携わる人々が自律的な行動をとれるようにするには、"4つのT"、つまり、Task(課題)、Time(時間)、Technique(手法)、Team(チーム)を "自分で" 選ぶしくみが必要だ、とピンクは述べています。例えば、就業時間の20%を自分のしたい仕事に自由に使ってよいという「20%ルール」は、社員たちの創造性を高め、これまでにない製品やサービスを生み出したと言われています。スリーエム社のポストイットをはじめ、グーグルのグーグル・ニュース、Gmailなどがこの20%の時間から誕生しました。

    しかも、高度にクリエイティブな仕事に携わる人々は、知識や技術の上達への欲求が高いため、彼らのモチベーションは、仕事で「自己の成長、進歩」を感じると高まる、とピンクは指摘しています。成長に必要なのは、学習の機会と自身の成長を確かめる機会です。社内外の専門家のネットワークや自己研鑽の時間、自分の成長へのフィードバックを与えてくれる優秀な上司や同僚との対話は、高度にクリエイティブな仕事に携わる人々が仕事で満足感を得る貴重な機会といえるでしょう。

    これまで人事部門は、成果主義に代表される評価や報酬、昇進の制度で、社員の意欲を引き出し、成果を上げようとしてきました。しかし今後は、社員が自発的に創造性を発揮できる職場づくりが必要です。自律性を重視した組織文化を根付かせ、自社の仕事の意義を訴え、社内外の協働のためのネットワークづくりを進めることが求められるでしょう。

    例えば、W.L.ゴア社はゴアテックスに代表されるイノベーティブな製品を数多く世に出し、フォーチュン誌の「働きやすい企業トップ100」に毎年選出されている[*5] グローバル企業ですが、この会社には管理職がなく、上司のいる社員は一人もいません。たゆまぬイノベーションを目指して、小規模な自己管理型のチームに仕事が委ねられます。社員は、仕事を割り当てられるのではなく、自身の仕事における役割や責任範囲を、ほぼ全員が自分で決めています。さらに、仕事の10%の時間を、自身の興味関心を追求し、イノベーションのアイデアを熟成させる時間として使えます。また、承認を求める相手(上司)がいないため、組織を越えて同僚と協働することも自分の意志でできるのです[*6]

    「努力すれば能力は伸びる」の指導法

    会社人生がはじまったばかりのAさんには、内発的動機づけを持って仕事にあたってほしいので、指導にあたるO.Y.さんには「能力観」「学習観」を知っておいて頂きたいと思います。

    米国の心理学者キャロル・S・ドゥエックは、長年の調査研究結果を元に、「問題にぶつかるとすぐ諦めてしまう人」と「粘り強く挑戦し続ける人」の違いは、その人が持つ能力観、学習観に起因する、と唱えています。彼女は、人の能力や資質に対する考え方には、人の能力や資質は生まれつきのもので基本的には変わらない、という「能力固定観」と、人の能力や資質は学習や自己変革で変わり続ける、という「能力変化観」の2つに分かれると指摘しています[*7]

    能力固定観を持つ人は、自分が正しいか、他者から高く評価されるか、に関心が向きます。失敗できないという焦りから、簡単にできることにしか手を出さず、上達するのに時間がかかる難題への挑戦を避ける傾向があるようです。さらに、一度失敗するとやる気を失いやすいといいます。一方、能力変化観を持つ人は、他者からの評価ではなく、以前に比べて、自分がより大きな成果を出せているか、スキルや知識が高まっているか、など、自身の成長に関心が向く傾向があるようです。自分が成長するために、難しい課題に挑戦し、根気よく学習を続けられるのです。

    能力変化観を養ってもらうには、他者に勝てたか、上手にできたか、という目先の成果を強調するのではなく、能力をどれだけ伸ばせたか、という個人の学習目標を重んじるとよいでしょう。評価の力点を、他者との相対比較ではなく、本人の成長度に置き、本人の仕事への取り組みプロセスに着眼したフィードバックを繰り返します。

    「能力」でなく「努力」に焦点を当てよう

    もしかしたら、Aさんは無意識に身に付けた能力固定観のせいで、失敗への恐れから学習意欲を失っているのかもしれません。

    前述のドゥエックは、何百人もの子どもを対象にした複数の調査結果を通じて、親や教師が能力をほめると生徒の学習成果や学習意欲が下がり、努力をほめると学習成果や学習意欲が上がる、と訴えています。彼女は、数百人の生徒にかなり難しい問題を解かせ、ほとんどがまずまずの成績を取った後で、異なるほめ言葉をかけ、その後の行動を観察しました。「頭がいいのね」と能力をほめられたグループの生徒たちは、失敗して能力が低いと思われたくないため、その次からは新しい問題にチャレンジしなくなりました。「頑張ったのね」と努力をほめられたグループは、9割が新しい問題にチャレンジし続けます。さらに難易度の高い問題が出されると、頭の良さをほめられたグループは、解けないことを失敗と感じて「自分は頭が悪いのだ」と思い込み、問題を解くこと自体に興味を失います。一方、努力をほめられたグループは、解けなくても「もっと頑張らなくちゃ」と考え、難しい問題を解くことに楽しさを感じるようになったのです。

    Aさんの指導でも、現状の能力を指摘するのではなく「この作業は、あなたにとって能力向上のチャンスであり、最初は失敗するかもしれないが、努力し続ければきっとうまくできるようになるよ」といった、内発的動機づけにつながるような、努力に焦点を当てたフィードバックを継続的に行ってみましょう。

    ドゥエックは、「優れた教師は、知力や才能は伸ばせると信じており、学ぶプロセスを大切にする」と述べています。ある調査によると、能力固定観の考え方をベースに1年間指導を行った教師のクラスでは、成績の良い生徒もそうでない生徒も当初の学力差が期末まで変わらなかったのに対し、能力変化観のもとに指導した教師のクラスでは、当初の成績にかかわらず期末にはどの生徒も良い成績を修めたそうです。

    Aさんの今の能力レベルを見て、「この人はやる気もなさそうだし、きっと伸びないな」と決めつけず、「やればきっとできる」と考え、担当している仕事の意義を訴えてAさんの内発的動機を高め、目標を提示して、Aさんの努力を後押ししてみてください。O.Y.さん自身も能力変化観を養い、能力変化観をベースに指導することが大切なのです。

    O.Y.さんの健闘とAさんの成長をお祈りしています。


    *1:仕事で働きがいを感じる要素

    日経ネットPlus「『働き方』調査」、2007年

    *2:内発的動機づけ

    経営行動科学学会編『経営行動ハンドブック』P.238(中央経済社、2010年)

    *3:外的報酬の限界

    エドワード・L・デシ、リチャード・フラスト著『人を伸ばす力』(新曜社、1999年)。デシの実験では、難解で面白いパズルを解くという内発的動機を刺激するような課題に取り組んでいた学生が、課題の達成に対して金銭的報酬を支払われるようになることで、無報酬の頃に比べて、パズルに自発的に取り組む姿勢が失われることが明らかになっています。

    *4:著書

    ダニエル・ピンク著『モチベーション3.0』(講談社、2010年)

    *5:W.L.ゴア社

    2014年の「FORTUNE 100 Best Companies to Work For」において、W.L.ゴア社は第22位にランクインしています。

    *6:W.L.ゴア社の事例

    ゲイリー・ハメル、ビル・ブリーン著『経営の未来』(日本経済新聞出版社、2008年)より

    *7:能力固定観と能力変化観

    キャロル・S・ドゥエック著『「やればできる!」 の研究』(草思社、2008年)より

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