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Chapter5
変化を起こす多様性のある組織をつくる

秋のさわやかさを感じる時期、新入社員の本配属や非管理職層の定期異動が終わった組織も多いのではないでしょうか?異動に関わると、同じ組織でも、社員個人の事情や働く動機が様々だということが分かります。女性、外国人、若者世代が増え、働き方や仕事観が多様化する中、年齢や性別、国籍に関わらず全社員の能力を最大限に発揮させ、多様性を「強み」に変える組織が出ています。今回は多様性のマネジメントの観点から、女性登用など最近の課題に焦点を当て、国内外の調査や事例を通じて、組織の多様性向上のメリット、推進のヒントを考えます。

<相談内容>

女性の優れた営業職をリーダーに登用したいと考えています。しかし、営業部長のEさんは「女性が男性と同じようにばりばり働いて目標達成できるのか。リーダーが甘えを見せるとチーム全体の士気が下がる」と否定的です。世の中の流れに合わせて、女性登用についてもう少し理解してもらいたいのですが・・・。

(30代 女性 日本企業人事係長 女性プロジェクト事務局 H.S.)

    【解説】

    営業部長のEさんの発言から推測すると、H.S. さんの会社はまだまだ男性中心のようですね。女性は、長時間労働や頻繁な転勤、昇進第一、年功重視といった従来の組織の規範になじまない、扱いづらい存在だと思われていませんか。日本企業の重要課題であるイノベーション推進には、異なる考え方や価値観が混在する多様性を取り込んだ人材活用が欠かせません。近年の研究では、多様な人材が集まる組織はポジティブな摩擦を通じて創造性や課題解決力が高まり、同質性の高い組織に比べて効果的に機能することが実証されています。有能で意欲が高い女性や外国人、若手社員は、組織の多様性を高める存在です。この人たちに活躍してもらうには、どのような工夫が求められるでしょうか。女性プロジェクトを推進するH.S. さんと一緒に、多様な人材の価値を認めて活用するダイバーシティ・マネジメントについて考えましょう。

    少数派は"邪魔者"か

    今年6月に発表された政府の成長戦略に「女性の活躍推進」が盛り込まれました。具体的目標は、2020年までに指導的地位にある女性の割合を30%に引き上げることですが、2013年時点では、日本の課長職以上の女性の割合は6.6%にとどまります[*1]。一方、米国、フランス、イギリス、ドイツといった欧米主要国、フィリピン、シンガポールといったアジア主要国の女性管理職の割合は30%を超えています[*2]。就業者に占める女性の割合は、日本もこれらの国も同じ40%台[*3]なので、日本の女性管理職比率は低いと言えます。

    アジア諸国をはじめとした日本企業の海外展開は拡大傾向ですが、外国人の採用は進んでいません。2013年の調査[*4]によると、日本企業1,338社のうち7割は、専門的、技術的に高度な能力や資質を持つ外国人を一度も採用していません。採用経験のある企業でも、日本の大学、大学院を卒業(修了)した外国人留学生の正社員採用数は少なく、平均1.2人です。

    これまで、日本企業にとって人材の同質化は強みでした。「新卒正社員中心」「年次管理重視」「男性中心」の職場では、チームの意思疎通や結束が容易で合意形成が早く、効率的に仕事が進みます。また、特別な指導抜きでも、長時間一緒に働くことで上司の暗黙知を部下に伝えられました。一方、少数派の女性や外国人、若手社員は、男性ベテラン社員とは働き方や仕事観、経験、能力が異なるため、同質化の強みを損ねてチームのパフォーマンスを落とす、やっかいな存在と受け止められがちでした。メンバー間のコミュニケーションの齟齬やコンフリクトが発生しやすくなり、その分余計な労力や時間という取引コストがかかるからです。

    同質化集団のリスクとは

    人材の同質化が進んだ組織の問題点は何でしょうか?まとまりがよく共通の認識を持った優秀な集団は、自分たちの認識と矛盾する情報を受け入れず、自分たちの考えが正しいと思い込む傾向(集団思考)があります[*5]。異論を持つメンバーは同調圧力を受けて、集団に流されやすくなります。狭い選択肢について偏った基準で判断を行った結果、意思決定を誤るリスクが高まります。有名な例が、米国ケネディ政権のピッグス湾での軍事作戦の失敗です。キューバ転覆を狙ったダレスCIA長官やマクナマラ国防長官たち米国最高のエリート集団は、作戦立案の過程で「自分たちは有能で正しく、敵は無能だ」と根拠もなく自らに信じ込ませ、キューバ軍に関する情報提供や作戦の成功に懐疑的な意見に耳を貸しませんでした。判断を誤った作戦は、キューバ軍の反撃を受けて大失敗に終わりました。

    多様性が優れた知恵を生む

    多様なメンバーの集団の強みは、異なる知識、スキル、価値観、思考パターンを用いて、考えられる限り多様な解決策を出し、複数の異なる視点から問題を多角的に検証できることです。米国の政治学者が行った課題解決シミュレーションの実験では、優秀な意思決定者とそれほど優秀ではない意思決定者が混ざった集団の方が、優秀な意思決定者だけの集団よりも常によい結果を出すことが明らかになりました[*6]。メンバー全員が優秀でも、個々が持つアイデアやスキルが似通った集団には、新しい情報が持ち込まれず、相互に学べることが少ないのです。反対に、異質なメンバーは、経験や能力が欠けていても、新たな情報や検証の視点をもたらします。意思決定の質を上げるには、メンバーが多様なこと自体が重要なのです。E営業部長のように、能力が及ばないという理由で女性を排除するのは逆効果でしょう。

    昨今の先進企業は、経営戦略や人材マネジメントに「違い」を取り込んで活用し、経営成果や価値創造を狙います。性別・国籍・文化だけでなく、個人の経験や価値観も含む「あらゆる異質な個人の組み合わせ」がイノベーションを生むのです。その成功例として、サントリーの角ハイボールのヒット秘話を紹介しましょう。1983年のピーク以降、ウイスキーの国内市場は20年間で4分の1以下に落ち込みましたが、それを拡大に転じさせたのが、2009年のウイスキーをソーダ水で割ったハイボールのヒットです。従来、熟成感をゆっくりと味わうウイスキーに「食事と一緒に楽しむ」という新しい価値が生まれ、新たな市場が開拓されたのです。

    「居酒屋で一杯目から飲む」「食事をしながら飲む」「ジョッキでゴクゴク飲む」「レモンを絞って飲む」...。ウイスキーの飲み方に対する大胆な認識転換を実現させたのは、ウイスキーの飲み方に固定観念を持たない、20代の女性を含む20-30代の若手中心のプロジェクトメンバーでした。ウイスキーの新しい価値創造という共通の志のもと、居酒屋店主、有名ブロガー、消費者モニター、日本各地のまちおこし協議会といった社外の人たちもどんどん巻き込み、過去にない楽しみ方が創られたのです[*7]。サントリーの伝統の核であるウイスキーの価値を再構築することは、組織の自己否定につながりかねず容易ではなかったでしょう。ジョッキで飲むハイボールは過去にも提案されましたが、ウイスキーに思い入れが強く伝統的な飲み方を好む、ベテラン社員の支持が得られず頓挫しました。今回も50代の上層部は、当初難色を示したそうです。固定観念に縛られない若手や外部のアイデアを活かせなければ、イノベーションは起こらなかったかもしれません。

    女性の活躍推進の3つのステージ

    女性の活躍は、組織に多様性のメリットをもたらします。ある研究によると、グループの集団的知性(集団に備わった知能、精神のように見える知性)の高さは、メンバー一人ひとりの知能指数ではなく、女性メンバーの数に比例するそうです[*8]。しかし、6.6%という女性管理職比率が示すように、実現は簡単ではありません。H.S. さんとE営業部長のようなやりとりは、多くの会社で繰り広げられているでしょう。

    多くの日本企業では、1980年代半ばから雇用機会均等に対する法的責任や社会的義務を果たすため、男女格差の大きい採用や処遇を見直し、女性の数を増やすことに取り組みました。この「差別是正」のステージでは、女性の定着率を上げるため、育児休暇や時短勤務など、働く環境整備やワークライフバランスの支援がカギとなりました。

    その後、女性の活躍の場は、女性の視点が付加価値となる製品・サービスの開発やマーケティング、資格や専門知識が求められる財務や法務など、特定の専門職に広がります。この「専門職登用」のステージでは、特定の職務への積極的な女性配置と、エキスパート向けのキャリア開発支援が重視されました。

    そして、昨今の取り組みは、優秀ならば性別にとらわれず、女性もリーダーとして活躍する「マネジメント登用」のステージに来ています。ここでの支援のカギは、女性にも男性同様に、リーダーとしての期待を入社時から伝え、ローテーションと昇進で仕事の経験を積ませ、求められる知識やスキルの学習機会を提供することです。家庭との両立支援は、「仕事の負担を減らす」ことから「仕事の質を下げない」ことに焦点を移し、当人の能力や意欲を維持し、キャリアを途切れさせないしくみが求められています。

    E営業部長のように、リーダーとしての女性の能力を危惧する見方は依然として多いでしょう。しかし、米国の著名なコンサルタントが、約7,000人の男女リーダーの360度評価アセスメント結果を検証したところ、大半のリーダーシップ・コンピテンシーで女性が男性を上回りました。その上、同位の役職の男性と女性では、女性のほうが周囲からより高い評価を受け、役職が上がれば上がるほど、その差は開くそうです[*9]

    女性リーダーを取り巻く認識

    リーダーにふさわしい能力を持っているのに、実際に活躍する女性が限られているのはなぜでしょうか?日本企業対象の調査[*10]によると、男性上司の6割以上が、女性活躍の課題を「昇進や昇格することへの意欲が乏しい」「難しい課題を出すと、敬遠されやすい」ことだと考えています。E営業部長の発言にも「女性は男性に比べ生産性も向上心も低い」という、女性社員に対するネガティブな認識が感じられます。

    一方、社会的に成功しても、女性は必ずしも好意的には受け止められません。2003年にニューヨークのビジネススクールで行われた「Heidi and Howard Study(ハイディ・ハワード実験)」[*11]を紹介しましょう。ハイディ・ロイゼン女史は、持ち前の社交性、著名な経営者を含む幅広いネットワークを駆使して、シリコンバレーでベンチャー・キャピタリストとして成功した実在の実業家です。彼女の成功を、学生の半数には「ハイディ(女性)」の成功物語、もう半数には「ハワード(男性)」の成功物語として読ませたところ、仕事仲間としての印象は「ハワード」の方がずっと好感度が高く、「ハイディ」は「自己本位で部下として雇いたくない人物」と受け止められました。しかも、男性だけでなく女性も「ハイディ」にマイナスの印象を持っていたのです。ビジネスでの成功が、男性の好感度にはプラスに働き、女性にはマイナスに働くとしたら、女性がキャリア向上に尻込みしても不思議ではありません。

    別の米国の調査[*12]では、リーダーに求められる特性において「女性は男性より優れているか同等である」と考える人は多いが、「女性は男性よりも優れたリーダーになれる」と考える人は少ないことがわかりました。この矛盾は、女性の進学率や就業率が上がっても、産業界や政界の女性リーダーの数が増えない現状[*13]を反映しています。回答者の多くは、原因が「女性への差別」「変化への抵抗」「結束が固い男性特有のネットワーク」にあると指摘しました。

    ステレオタイプで見ないでほしい

    「女性は男性に比べ生産性も向上心も低い」というネガティブなステレオタイプは、企業に女性への人材育成投資や登用を躊躇させ、女性の経験や活躍の場を減らしかねません。能力開発のチャンスを奪われた女性は、生産性と向上心が実際に低くなりがちです。そして、ネガティブなステレオタイプはますます強化されます。

    企業は、女性管理職が少ない理由を「必要な知識や経験、判断力等を有する女性がいないため」としていますが[*14]、そもそも女性に対し、男性同様の計画的なリーダーシップ開発を行っているのか疑問です。例えば、H.S. さんの会社では、次世代リーダー選抜プログラムの参加者のほとんどが男性ではないですか?

    ビジネスで成功する女性への否定的な印象もステレオタイプです。ある次世代リーダー候補の女性は若いうちに頭角を現し、常に上層部から期待される一方、周囲からは浮いてしまいプレッシャーに悩んでいる、と打ち明けてくれました。H.S.さんは、仕事で意欲を見せて業績を上げることに躊躇した経験はないですか?能力は高いのに、自分の役割だけを淡々とこなす女性は、努力して成功した結果、同僚や上司に嫌われて仕事がやりづらくなったり、恋愛や結婚に支障が出たりするのは避けたいと考えているのかもしれません。

    「意欲を出せない女性」への支援

    グローバルのCEOが女性で、日本法人の役員の女性比率が11.1%に上る日本IBMの目標は、2020年までに女性管理職の比率を30%にすることです。同社でも「女性が意欲を明確に出しにくい」ことが重要な課題とされ、女性の管理職候補者とその予備軍に対し、意欲を引き出し、チャレンジを支援し、継続して励ます取り組みを行っています。キャリア向上に関するメンタリングや、経営者の日々の活動を傍らで見て、視野を養うシャドウイングの実施はその一環です。

    選抜された女性社員の全社プロジェクト「ジャパン・ウィメンズ・カウンシル」は、女性の活躍に向けた解決策の検討に加え、経営者育成の場と位置づけられています。メンバーは、プロジェクト推進の過程で、次世代リーダーに求められる全社的な視点や、経営者への提言を通じた報告やプレゼンテーションのスキルを磨きます。取り組みの成果もあってか、仕事と育児を両立しキャリアの成功も目指したいと考える女性が増えています。ワーキング・マザーでキャリアゴールを管理職以上とする女性が3割、役員とする女性が1割ほどおり、今後は意欲ある女性への支援を検討しています[*15]

    少子高齢化に伴う労働人口縮小、グローバル化の進展という背景を踏まえると、今後、新卒で内部昇進してきた正社員の男性だけで組織運営することは難しくなり、女性や外国人の比率は今よりもっと増えるでしょう。ダイバーシティ・マネジメントの起点は、「昇進に躊躇する女性」「日本の企業文化になじまない外国人」「いまどきのひ弱な若者」といったステレオタイプな見方をやめ、経験や価値観の異なる個々の人材として一人ひとりをとらえることです。個々のキャリアゴールを尊重しキャリア開発を支援することが、働く意欲を高め能力発揮につながります。一方、組織には、異なる人たちが共感する共通のビジョンとゴールが求められます。多様化で起こる意見の衝突や混乱を乗り越え異なる力を発揮し合うには、個人を束ねる拠り所が必要なのです。H.S. さんの女性プロジェクトの活動がE営業部長をはじめとした"多数派"男性社員に受け入れられ、確実に進展することを期待しています。


    *1:課長職相当以上の女性管理職の割合

    厚生労働省「平成25年度雇用均等基本調査」、2013年

    *2:女性管理職の割合の国際比較

    独立行政法人日本労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2013」、2013年

    *3:労働力人口における女性の割合

    内閣府男女共同参画局ホームページ「わが国および諸外国における女性の参画状況等」、2013年

    *4:外国人社員の採用

    独立行政法人日本労働政策研究・研修機構「企業における高度外国人材の受入れと活用に関する調査」、2013年(回答企業 1,338社)

    *5:集団思考、ピッグス湾事件

    Janis, Irving L. Victims of groupthink: A psychological study of foreign-policy decisions and fiascoes. Oxford, England: Houghton Mifflin. 1972年

    *6:多様なメンバーが意思決定に及ぼす効果

    『「みんなの意見」は案外正しい』ジェームズ・スロウィッキー著、角川文庫、2009年

    *7:サントリー角ハイボールの事例

    「『取りあえずハイボール』を普及」日経情報ストラテジー、2010年10月号

    和田龍一「成熟市場におけるブランド構築シリーズ 角ハイボールヒットの舞台裏」(講演)アカデミーヒルズスクール、2010年9月21日

    *8:グループの集団的知性に関する調査

    「賢明なチームをつくるには多くの女性メンバーが必要」アニタ・ウーリー、トーマス・マローン、ダイヤモンド社『ハーバード・ビジネス・レビュー』、2012年11月号

    *9:男性と女性のリーダーシップ力の比較調査

    Zenger/Folkman「A Study in Leadership:Women do it Better than Men」、2012年。この調査では、リーダーシップ開発に熱心で、業績の優れた企業および公的組織で働く7280人のリーダーを対象に、360度評価によるリーダーシップ・アセスメントを実施し、その結果を分析、考察している。サンプル全体の64%が米国、残りはグローバル。男女間のデータにおいては、国に関わらず同じ傾向が見られる。

    *10:日本企業における女性活用の課題の状況

    「コア人材としての女性社員育成に関する調査」日本生産性本部、2012年(回答企業 253社)

    *11:ハイディ・ハワード実験

    Sheryl Sandberg「Why I Want Women To Lean In」 TIME[ウェブサイト]、2013年

    *12:女性リーダーをめぐる矛盾

    「Men or Women:Who's the Better Leader?」 Pew Research Center、2008年(回答者 米国の成人2,250名)

    *13:米国の女性リーダーの現状

    2013年のフォーチュン500に占める女性CEOの割合は4%である。

    *14:女性管理職が少ない理由

    厚生労働省「平成25年度雇用均等基本調査」、2013年(回答企業3,874社)

    *15:日本IBMの女性社員支援

    労働政策研究・研修機構『大企業における女性管理職登用の実態と課題認識』、JILPT資料シリーズNo.105、2012年

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