Chapter4
自社のグローバルリーダー像を明確にする Part2
前回の「期待役割」「期待成果」「能力要件」を導き出す過程に続き、今回は、グローバルリーダーの能力要件の内容について、最近の動向をワールドワイドの調査結果から考察する。
Q:グローバルリーダーの能力要件において、最近では何が重視されているのか?
A:ここ数年重視されているのは、「チェンジマネジメント」「クリティカルシンキングと問題解決力」「影響力を与え協働する力」「戦略開発力」「グローバル戦略実行力」など、国内外を問わずに求められるリーダーシップとマネジメント力。但し、海外の"アウェイ"の環境下で求められる能力水準は、国内に比べ高いものとなる。
(1)成功するグローバルリーダーの能力要件は「リーダーシップ行動」
2013年1月にアメリカ経営者協会(American Management Association、以下AMA)が、全世界で実施した調査[*1]の結果を通じて、グローバルリーダーの能力要件に関する最近の動向を紹介する。
この調査では、グローバルリーダーの役割は、①顧客、社員、ベンダーなど多様な関係者のマネジメントと、②変化の激しいグローバル市場で自社のビジネス・製品の動向を把握し、市場に適したビジネス活動を実践する複雑性の高いもの、としている。 その中で、グローバルリーダーに求められる能力や行動として重視されるのは、「グローバル経験」よりも、事業・組織をマネジメントする「リーダーシップ行動」だ。
【グローバルリーダーとして成功するために最も必要な能力】
- 欠かせない能力は、大きなカテゴリで見ると、「リーダーシップ行動」(65%)、「グローバル経験」(16%)、「曖昧さへの対応力」(9%)、「その他」(10%)
- 求められる「リーダーシップ行動」に挙げられたのは、「コミュニケーション」、「戦略開発力」、「クリエイティビティ&イノベーションを助長する」、「リーダー開発」、「結果を作り出す」
同調査では、上記以外にも寄せられた多くの意見を合わせて整理し、グローバルリーダーに求められる最重要な11の能力を次のようにまとめている。[*2]
【グローバルリーダーに重要な能力】
新しい経験を積極的に受け入れる | グローバルリーダーは新たな経験を積むことにオープンで、新しい経験を自ら進んでしようとする人材を求めている。先行き不透明な状況への対応力や適応力が求められる |
---|---|
文化と言語の知識 | 管理する地域や国の文化や言語、政治、ビジネス慣習に精通している必要がある |
ビジネス洞察力 | 扱う製品やサービスに対する専門性や業界の商習慣に精通していない限り、グローバルリーダーとしての信用を得ることはできない |
リーダーシップ行動 | グローバルリーダーは人を動機づけし、影響を与えられなければならない。これはつまり、説得力があるだけでなく、人の話をよく聞き、人の動機付け要因を知り、かつ誠実である必要がある |
結果へのこだわり | グローバルリーダーは結果重視である。何が何でも目的をやり通す強さを持つ必要がある一方で、長期的・短期的ゴールのバランスを取ることが難しい点である |
コーチングとメンタリング | グローバルリーダーはチームメンバーのコーチとして、メンバーの可能性を最大限に広げ、メンバーの将来の役割や挑戦に向けたサポートをする役割にある |
EQ(感情的知能)[*3] | グローバルリーダーには高いEQ(心の知能指数)が必要である。異なる文化から来る部下や顧客に共感したり、彼らを理解する必要がある。このためには自身の感情をコントロールできることが重要である。グローバルリーダーには人に対する非常に高い人間関係構築力が必要である |
コミュニケーションスキル | 口頭および筆記両方でのコミュニケーションスキルは、グローバルチームを管理する上では必須である。地理的に分散したチームや顧客と効率的にコミュニケーションできる能力が必要である |
明確なゴール設定とフィードバック | グローバルリーダーはゴールやビジョン、戦略をチームメンバーと共有する必要がある。そのためには、優先順位を明確に示し、継続的にフィードバックを続けることも重要である |
創造性とイノベーション | ビジネス戦略を立て、障害に対応する際には、グローバルリーダーは革新的(イノベーティブ)で創造的(クリエイティブ)なソリューションを創り上げる必要がある。そのためにはクリティカルシンキング能力の他、創造性とイノベーションを引き起こすチーム作りが必要である |
自己成長へのコミットメント | 有能なリーダーは人からのフィードバックにオープンであるだけでなく、自己成長する要素を自ら進んで探す。自らの強みや課題とする部分を理解している必要がある |
文化や価値観が多様なグローバル環境では、この中でも、特に、文化の違いを認識した上で、相互に相手を尊重するための感情の認知・調整、コーチングのスキルが重んじられるとのことだ。
(2)重視するグローバルリーダーの能力は不変
上記の調査の他にも、AMAでは、グローバルリーダー育成に関し、2010年から毎年、世界約50カ国、1,000社超を対象にした大規模な調査を継続して行っている[*4]。回答企業が、グローバルリーダー育成において「自社の競争優位性確立に欠かせない」と考え、能力開発に注力しているトップ5の能力は、次の通りだ。
横にスワイプすると表を左右にスライドできます。
順位 | 2013年調査 | 2012年調査 | 2011年調査 | 2010年調査 |
---|---|---|---|---|
1 | チェンジマネジメント | チェンジマネジメント | チェンジマネジメント | クリティカルシンキング/問題解決 |
2 | クリティカルシンキング/問題解決 | クリティカルシンキング/問題解決 | クリティカルシンキング/問題解決 | チェンジマネジメント |
3 | エンゲージメントを構築する/高める能力 | 影響力を与え協働する能力 | 戦略開発力 | クロスカルチャーチームの構築/リードする |
4 | 一般的なビジネスの洞察力 | 戦略開発力 | グローバル戦略実行力 | 影響力を与え協力体制を構築する力 |
5 | 戦略開発力 | グローバル戦略実行力 | 影響力を与え協働する力 | グローバル戦略の実行 |
上記の表を見ると、2010~2013年の4年間にわたり、「チェンジマネジメント」「クリティカルシンキングと問題解決力」「影響力を与え協働する力」「戦略開発力」「グローバル戦略実行力」といった、ほぼ同じ項目が上位を占めている。その他の「エンゲージメントを構築する/高める能力」「一般的なビジネスの洞察力」「クロスカルチャーチームの構築/リード」も加え、グローバルリーダー育成では、事業や経営の方向性を描き、組織を目指す方向に導くリーダーシップとマネジメント力の習得が中心であることがわかる。
筆者は長年、日本でリーダーシップ開発を支援しているが、そこから得た経験値とこれらの調査結果を考え合わせると、日本国内とグローバルで求められるリーダーシップとマネジメント力は、本質的には変わらない。一方で、日本人にとって海外は、価値観、言語、文化・習慣の異なる"アウェイ"の環境だ。グローバルリーダーには、その中で、多様性に富む人たちと緊密にコミュニケーションを取り、組織を運営し、組織が目指す成果を達成する能力が求められる。その点においては、求められる「リーダーシップ行動」は、国内に比べ格段に高い。
例えば、アジア新興国に代表される複雑で変化の激しい現地市場では、日本に比べ不十分な判断材料や混沌とした状況において、経営や事業上の判断をスピーディーに下さなければならない。さらに、同質性の高い環境で生まれ育ち、仕事をしてきた日本企業の人材にとっては、価値観が多様な現地社員にビジョンや事業方針を分かりやすく伝え、組織全体で求心力を保って実行していくことも難易度が高い。
終身雇用を前提とせず、明確に自身の考えを主張する現地社員は、拠点の幹部だからというだけで、日本人社員の言うことを何でも聞き入れるわけではない。たとえ社長であっても、リーダーシップやマネジメント力を十分に発揮できない人には従わない傾向があり、結果として組織が成果を上げることは難しくなる。
経営層からの号令で、グローバルリーダーの育成を急いで進めるために、まずは他社と横並びで、英語教育や異文化コミュニケーション、MBA教育を導入する―――――。日本企業の場合は、赴任に向けて語学習得や異文化コミュニケーション力強化を基礎教育として実施せざるを得ないのが実情だろう。しかし、目指す人材育成のゴールがはっきりせず、海外勤務前に語学だけでも身につけてもらわなければという発想では、「グローバルリーダー」を育てるのは難しいのではないか。
具体的な取り組みを急ぐ前に、第3回で取り上げたように、自社で求められる「グローバルリーダー」にはどのような役割、成果、能力が求められるのかを明らかにし、グローバルリーダー育成プログラムの方向性を定めることから着手してはどうだろうか。
今回のポイント
- グローバルリーダーの能力要件として重視されているのは、「チェンジマネジメント」「クリティカルシンキングと問題解決力」「影響力を与え協働する力」「戦略開発力」「グローバル戦略実行力」など、国内外を問わずに求められるリーダーシップとマネジメント力
- グローバルリーダーは、経営環境の多様性、複雑性が国内に比べ高まる"アウェイ"な環境に置かれるため、より難易度の高いリーダーシップとマネジメント力が求められる
次のChapterでは、グローバルリーダー育成について、具体的な研修プログラムに落し込む企画設計のポイントを紹介する。
*1:2013年1月にアメリカ経営者協会(American Management Association、以下AMA)が、全世界で実施した調査
引用元:American Management Association『Leading in a Worldwide Market』, 2013年
本調査は、2,000名のグローバルリーダーおよび人材育成担当者対象に全世界で行われた。北米が全体の7割、社員1,000名以上の大企業が全体の5割超、グローバル展開をする企業が全体の6割超を占める。主に、グローバルリーダーを巡る環境変化要因、グローバルリーダーの評価基準などを調査した上で、グローバルリーダーを育成、活用するための提言を整理した内容となっている。
*2:グローバルリーダーに求められる最重要な11の能力を次のようにまとめている
引用元:American Management Association『Leading in a Worldwide Market』, 2013年
*3:EQ(感情的知能)
エモーショナル・インテリジェンスは、自身や他者の感情を読み取って理解し、自身と他者の思考や行動に意図的に活用する知的能力であり、職場において効果的なリーダーシップを発揮し、マネジメントを行うためには、思考力や理性と同様に不可欠とされる。
『EQマネージャー』デイビット.R.カルーソ、ピーター・サロベイ著, 2004年
*4:AMAでは、グローバルリーダー育成に関し、2010年から毎年、世界約50か国、1,000社超を対象にした大規模な調査を継続して行っている
『Global Leadership Development 2013』,『Developing Successful Global Leaders 2012』,『Developing Successful Global Leaders 2011』,『Developing Successful Global Leaders 2010』(いずれもAmerican Management Association)。