ビジネスパートナーHR入門

Chapter1 ビジネスパートナーHRの役割①
~何が違うの?ビジネスパートナーHRとは?~

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本連載では、グローバル化の進展に伴って変化する企業の人事部門に求められる役割や、人事部員に求められる意識、行動、能力、スキル、キャリアパスについて考えます。

 

毎回、冒頭に登場するのは、架空の日系機械メーカーの人事企画課長、田中さんです。彼の会社は創業70年。海外売上高比率が3割に近づき、グローバル事業展開が急速に進んでいます。中長期経営計画によると、5年後に海外売上高比率は5割、海外拠点の社員数は日本の2倍に達する見込みです。

 

このような経営環境のもと、経営陣はグローバル共通の人事制度構築にも着手し、外資系グローバル企業で長年活躍した人物を人事部長としてスカウトしました。新任の人事部長の野々村さんは、重要施策として人事部改革に取りかかり、田中さんを「人事部改革プロジェクト」のリーダーに任命します。新卒プロパーで18年間人事労務畑一筋、国内工場と本部での勤務が長く、海外赴任経験がない田中さんは、グローバル企業の人事には馴染みがありません。そんな田中さんからの相談を通じて、ビジネスパートナーHRのあり方を整理していきましょう。

世界各国の企業が、地球規模の事業拡大に乗り出しています。日本企業も、人口減少、経済停滞による国内市場の縮小で、中国、インド、東南アジア、中南米など各国で市場開拓に取り組んでいます。グローバル化の進展に伴い、経営環境の変化の速さ、不確実さ、複雑さはますます高まりました。環境変化に合わせて事業構成や事業内容を見直し、求められる人材を獲得、開発しなければ、同じ市場を狙うライバルとの競争に勝ち残れません。

成長戦略の原動力は、人材です。2015年のコンファレンス・ボード(全米産業審議会)の調査で、世界のCEO(回答者数約1,000名)が重視する経営課題に真っ先に挙げられたのは、「イノベーション戦略」や「顧客との関係向上」ではなく、「人的資源(HR)マネジメント」でした。中でも、社員の業績向上のマネジメントに、最も主眼が置かれています[*1]。人事部門には、人と組織のパフォーマンスを最大化させることで「会社の業績向上」が期待されているのです。グローバル企業は、ステークホルダーから「利益目標必達」と「継続的成長」の両立を迫られます。そのため、人事のような間接部門にも、当事者として事業成果に貢献することが求められるのです。

さて、こうした環境下でグローバル事業展開が進む日系機械メーカーに勤める田中さん。「人事部改革プロジェクト」のリーダーに任命された彼から最初の相談です。

野々村部長から、「事業や人員構成のグローバルシフトがさらに加速するため、人事部の機能を見直したい」と言われましたが、なぜ機能の見直しが必要なのでしょうか?日本企業とグローバル企業の人事機能の違いについて、教えてもらえますか?

    日本企業とグローバル企業の人事機能の違い

    まず、グローバル企業(ここでは主に米国企業)と日本企業の人事制度を比較してみましょう。人事機能の違いが生まれる理由が見えてきます(下表参照)。

    日米の人事制度の違い

     

    米国

    日本

    基本思想ポスト主義=職務(ポスト)を中心にしくみを考える属人主義=人を中心にしくみを考える
    労働市場人材の流動性が高い人材の流動性が低い
    責任主体事業ライン部門本社人事部
    人事制度の特徴
    • 随時採用&転職、個人事業主
    • 会社に解雇権
    • 職務成果評価&実力主義
    • 職種別キャリア開発&タレントマネジメント
    • 産業別職種別組合
    • 新卒一括採用&定年退職
    • 正社員の長期雇用(終身雇用)
    • 職能評価&年功序列
    • 階層別研修&集権的ローテーション
    • 企業別組合

    米国企業の基本思想は、高い人材の流動性を前提に、職務(ポスト)を軸に人事を進める「ポスト主義」です。「ポスト主義」では、成長目標や利益目標の達成に向け、事業戦略を起点に組織全体で必要なポジションを特定し、各ポジションの役割と成果、そこに就く人材の能力要件を定めます。そして、能力要件にふさわしい人材を採用あるいは育成し、登用します。評価は、年次や経験とは関係なく、職務成果を基準に決める「実力主義」です。また、事業目標の達成責任を負い、現場で人材を登用する事業責任者が、採用、配置、目標設定、育成、評価といった人材マネジメント全般を主導します。人事部門の役割は、事業責任者を支援する"パートナー" として、事業成長を目指し、主体的に人事施策を提案し、実行することです。

    一方、日本企業の人事のしくみの根底には、人中心の「属人主義」の基本思想があります。日本企業では、終身雇用で人材の流動性が低いことを前提に、新卒一括採用を行います。新卒時から数年単位で様々な職種やポジションを経験させ、自社組織に精通し、幅広い業務に対応するゼネラリストを育成します。このしくみでは、事業戦略ではなく、個人の属人的な資質や能力が起点です。異なる資質や能力を持つ人が様々なポジションに就くために、ポジションごとの要件は曖昧で、組織や人材の実態に職務内容を合わせる傾向があります。また、組織内での経験を重視するため、評価は、経験年数を基準に決める「年功主義」になりがちです。

    日本企業では、通常、本社人事部が全社共通の人事方針と制度を打ち出し、正社員の中核人材の採用、配置、育成、評価を計画的に管理します。定期人事異動では、毎回一定数の人を組織内で新たなポジションへ動かします。事業部人事は、本社の人事方針と制度を現場に伝え、人事施策を運用管理する、本社の出先機関の機能を果たしています。同じ事業部支援でも、事業責任者の"パートナー"を務めるグローバル企業の人事とは、支援の目的、内容が異なるのです。

    グローバル企業のHRの4つの機能

    では、グローバル企業の人事部門に求められる役割の全体像を見てみましょう。ミシガン大学のデイブ・ウルリッチ教授の人事の変革モデル[*2]は、人事機能の代表的な分類として10年以上活用され、次の4つの役割を示しています。

    デイブ・ウルリッチ教授の人事の変革モデル

    このモデルでは、人事部門の役割は、事業戦略を起点に人事戦略を策定、実行し、人と組織の活力を引き出して、事業を成功へ導くことです。事業支援と組織変革に注力する一方、管理業務は、人事管理の専門家に集約し、効率的に行います。

    伝統的な日本企業の人事部門は、人事(配置、任命)、採用、給与、福利厚生、育成、評価、といった業務の縦割りチームの中に、各分野の専門家や統括責任者を抱えます。メンバーは、人事制度を精緻に作り込むため、人事管理の企画、運用管理、オペレーションの手法に精通しています。上記モデルの「管理のエキスパート」の集まりといえます。

    グローバル企業の人事では、事業責任者の"パートナー"を務め事業部門の成功を人材面から支援する人を、「ビジネスパートナーHR」(以下、BPHR)と呼んでいます。ウルリッチ教授が提唱するモデルのHRの役割別に、BPHRが果たすべき仕事の核心を押さえましょう。

    HRの役割

    BPHRとして押さえるポイント

    戦略パートナー① 事業戦略と人事戦略の連動を図る
    ② 成功事例を事業部間で横展開する
    変革エージェント③ 社員の意欲や組織の活力を引き出す
    従業員のチャンピオン④ 事業部長と社員を仲介する
    管理のエキスパート⑤ 人材プールを効果的に管理する

    ① 事業戦略と人事戦略の連動を図る

    外資系グローバル企業では、事業責任者(事業部長)が、採用、配置、目標設定、育成、評価など、人材マネジメント全般の責任を負います。各事業部のBPHRのリーダーは、事業部長のパートナーとして、事業成果の創出を人事の側面から支援します。例えば事業部長が、中長期の事業戦略構築にあたり、人事施策の見直しをBPHRに依頼したとします。BPHRは、事業戦略で求められる人材像や要員数を明らかにし、採用の手段、評価の基準、知識・スキルの開発方法、といった具体的な施策を提案します。

    2014年春、マイクロソフト社の新しいCEOは、企業向けクラウド事業の拡大戦略を打ち出しました。営業部門長とBPHRは、ユーザー企業への提案に向けて、営業人材の事業運営知識を強化することが欠かせないと考えます。そこで、営業人材対象のオンラインMBAコースを秋には立ち上げ、わずか2ヶ月間で、世界中の拠点の社員約1,000名に受講させました。このコースは、受講者の85%が修了し、受講者全体の95%が「仕事のパフォーマンス向上に役立っている」と回答しています[*3]。同社の2015年末の四半期業績は、クラウド需要の増加もあり、好調のようです[*4]

    評価や登用では、「人を見るプロフェッショナル」であるBPHRが、事業部長や現場マネジャーに助言します。BPHRは、人と組織のパフォーマンス発揮状況を把握し、研修、面談、従業員満足度調査などに留まらず、現場で人を見ることに力を入れます。業績の達成、事業の成長に向けて、主要ポジションに配置する人材を自分の目で見分けるのです。

    例えば、GE(ゼネラル・エレクトリック)の「セッションC」という人材評価のしくみでは、業績とバリューの2軸で社員を9つのブロックに分けて評価し、リーダー候補者を発掘して、育成計画を立てます。BPHRは、評価者である事業部長や現場マネジャーと話し合い、社員一人ひとりの具体的な行動をもとに評価を決めます。評価者の期待が向けられる人材や評価者の目には留まらないが優れた人材に対しては、自身の見解を述べ、徹底して議論します。また、個々の人材の成長機会や育成手法にも、専門的な見地から助言します[*5]

    ② 成功事例を事業部間で横展開する

    BPHRは事業部長の腹心として、事業部内の人材マネジメント全般を支援する一方、組織全体の業績向上へ貢献することも期待されます。縦割りの各事業部に、BPHRという布石を置いて、各事業部に蓄積された人材マネジメントの成功事例を、他の事業部に展開するのです。例えば、ある部門で、営業担当者の育成プログラム導入により、担当者の定着率と生産性が向上した場合、その情報を事業部間で共有し、同様の課題で業績がふるわない他部門への導入を働きかけます。

    新事業開発で高い成果を上げるサイバーエージェント社では、人事部が「パフォーマンス・ドライバー」というミッションを掲げ、人材マネジメント手法の横展開を進め、業績に貢献しようとしています。同社の人事部門では、管理職への登用率や社員の離職率など、全事業部門共通の指標で、優れた部門、課題がある部門を抽出し、どのような施策が取られているかを探っています。また、「仕事のスピードアップ」を共通の目標に掲げ、部下への権限委譲や会議の効率化など、仕事が速い部門で行われているアイデアを横展開することで、会社全体で仕事のスピードを上げようとしています[*6]

    ③ 人の意欲や組織の活力を引き出す

    能力開発、キャリア開発、組織開発を通じて、社員のエンゲージメントを上げ、維持するのもBPHRの仕事です。BPHRは、研修、個人面談、現場でのコミュニケーションを通じ、社員個人の能力開発の方向性や課題を把握します。そして、研修、配置といった能力開発の機会を設け、高い目標へのチャレンジを促して、意欲と才能を引き出します。

    従業員満足度調査の結果が特定の部門で低い、といった組織開発の課題には、BPHRが具体的な解決策を事業部長に提案し、取り組みを主導します。前述のGEでは、「組織開発ができない人事担当者は、社内で敬意を払ってもらえない」[*7]と言われるくらい、BPHRにとって組織のパフォーマンス向上は重要な仕事です。BPHRは現場に入り、問題の抽出や解決に向けた関係者へのヒアリング、ミーティングを設定し、ファシリテーションも行います。マネジャーが、組織運営や部下とのコミュニケーションの課題を抱えていれば、直接指摘し、改善勧告もします。

    ④ 事業部長と社員を仲介する

    BPHRは、事業部長と社員との仲介も行います。事業部長の意思を事業戦略の視点で社員に伝えるとともに、社員の声を聞き、事業運営に関わる本質的な課題をつかんで事業部長に提言する「橋渡し役」になるのです。例えば、目標設定への納得感とコミットメントが低く業績が上がらないチームがあれば、BPHRは事業の視点から目標値の根拠をメンバーに説明します。一方、事業部長が、目標値の合意形成や目標達成のための施策の検討を軽視し、一方的に目標設定しているような場合は、組織コミュニケーション自体に課題があるため、事業部長に物申すこともあります。

    BPHRは、橋渡しをすることで、社員の不満、モチベーションの低下、離職などの原因を潰します。前述のサイバーエージェント社人事統括本部長の曽山氏は、「経営と現場をつなぐ」という意味で、就任以来、人事部の役割に、「コミュニケーション・エンジン」を掲げています。経営判断の意図をきちんと説明した方が、経営への信頼感が増し、社員は安心して働けると考えるからです。経営陣のメッセージや人事のアナウンスが正確に現場に伝わっているかどうかを確かめるため、月に100人の社員と話すことを目標にしているそうです[*8]

    ⑤ 人材プールを効果的に管理する

    海外に拠点が拡がる中、事業部長、現場マネジャー、BPHRが、自分たちの頭の中だけで人材プールを管理するには限界があります。BPHRは、中核人材の人材プールのデータベース化にも取り組みます。社員の評価、業績、経験、能力、キャリアの希望などの情報をデータ化し、経営陣や事業部長と共有することで、有望な人材の発掘や登用を適時的確に行えるようにします。

    約10万人の社員が在籍するNECでは、2010 年度から国内外の主要ポジション(NECグループ・キー・ポジション)を約270定め、後継者候補の育成に取り組んでいます。海外も含めた後継者候補の「見える化」を目指し、個別の人事情報(経歴、評価など)に、キャリアプランや社外からの評価なども加えて、本社幹部と人事部門が常時閲覧できるように一元管理しています[*9]

    日本企業の「属人主義」の限界が見えてきた

    長期雇用にもとづいた「属人主義」のしくみは、人材の流動性が低い日本では成り立ちます。一方、人材の流動性が高い多くの国では通用しにくいため、グローバルに統一的な制度として、「属人主義」のしくみを用いるのは難しいでしょう。海外売上高50%超を目指す日立製作所では、世界各国の重要なポスト、人数を把握した上で、日本人以外の人材が多数のポストに就くことを想定し、従来の人材マネジメントを見直しています[*10]。4万8千ポストにグローバル共通の職務基準制度を導入し、一部のグループ企業では、この制度に沿った処遇も始めました。さらに、人事評価や採用のプロセスも、グローバル共通の基準やしくみで運用しています。人事部門の組織体制は、ビジネスでの価値貢献を軸に再編され、事業部単位で人材マネジメント全般を担当する「ビジネスパートナー」も取り入れました。事業のグローバル化は、人事制度のあり方、人事部門の役割を変えていくのです。

    次のChapterでは、BPHRの役割について、BPHRとして活躍中の人たちへのインタビューを中心に、実態を具体的に掘り下げます。BPHRの生の声を、ぜひお聞きください。


    リンクは記事掲載当時のものとなります。

    *1:カンファレンス・ボード(全米産業審議会)の調査

    The Conference Board 「CEO Challenge 2015」

    https://www.conference-board.org/ceo-challenge2015/index.cfm?id=28618別ウィンドウで開く/Open the link in a new window

    *2:人事の変革モデル

    『MBAの人材戦略』デイビッド ウルリッチ著、1997年、日本能率協会マネジメントセンター

    *3:マイクロソフト社 営業人材対象のオンラインMBAコース

    Sam Herring, CEO at Intrepid Learning, Peter Zemsky, Deputy Dean at INSEAD,
    Christopher Pirie, General Manager, Marketing &Services Group Readiness at Microsoft, "A Strategy for High Impact Corporate MOOCs", ATD 2015 ICE セッションSU311

    *4:マイクロソフト社の2015年末の四半期業績

    「マイクロソフト、10─12月売上・利益が予想超え クラウド事業拡大」ロイター、2016年1月29日

    *5:GEの「セッションC」

    『戦略人事のビジョン』八木洋介、金井壽宏 著、2012年、光文社新書

    *6:サイバーエージェント社の「仕事のスピードアップ」

    「ホワイト企業のつくり方 20代社員も子会社の社長にし、経営を任せる理由」日経ビジネスオンライン、2016年1月28日

    *7:GEのBPHRにとっての組織パフォーマンス向上の重要性

    『戦略人事のビジョン』八木洋介、金井壽宏 著、2012年、光文社新書

    *8:「経営と現場をつなぐ」人事

    『クリエイティブ人事』曽山哲人、金井壽宏 著、2014年、光文社新書

    *9:NECの主要ポジション管理

    「グローバルに活躍できるマネジャーの確保・育成に向けた取り組み」日本経済団体連合会、2014年

    *10:日立製作所の人材マネジメントの見直し

    「真のグローバルカンパニーを目指して-グローバル人材戦略とその実行」労働政策フォーラム「日本型グローバル人事のこれから」基調講演、2014年4月14日

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