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小手先の技術より「誠実さ」 尊敬の気持ちを伝えることで 相手と信頼関係を築いていく 山崎直子 氏 宇宙飛行士小手先の技術より「誠実さ」 尊敬の気持ちを伝えることで 相手と信頼関係を築いていく 山崎直子 氏 宇宙飛行士

小手先の技術より「誠実さ」 尊敬の気持ちを伝えることで 相手と信頼関係を築いていく

2010年にスペースシャトル「ディスカバリー号」に搭乗、国際宇宙ステーション組み立てに参加し宇宙に15日間滞在した山崎直子さん。子どもをもつ母親が宇宙へ旅立ったのは日本初のことだった。宇宙飛行士の任務は、多様なバックグラウンドをもつグローバル人材との協業なくして語れない。そこで養われたものは何か、山崎さんに聞いた。

    プロフィール
    山崎 直子(やまざき・なおこ)
    1970年千葉県松戸市生まれ。東京大学工学部航空学科卒業、同大学航空宇宙工学専攻修士課程修了。1996年からNASDA(現JAXA)に勤務、2001年に宇宙飛行士候補に選ばれる。2010年4月、スペースシャトル「ディスカバリー号」で宇宙へ。2011年8月にJAXAを退職、現在は内閣府の宇宙政策委員などを務める。

    宇宙を目指す人達を支えるのが自分の役割

    普段何を考えているかという人間性の部分までを理解していなければお互いの命を任せられないので、宇宙飛行士どうしは自己開示し合うことがとても重要なのだという。

     2011年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)を退職して、いまは内閣府の宇宙政策委員会の委員を務めています。ここでは今後の日本の宇宙開発を考えるのが主な仕事ですが、ほかにも各地の天体観察センターや科学技術館などの監修をしたり、小学校や中学校で講演をするなど、たくさんの人達に宇宙を身近に感じてもらえるようにすることも、私の役割だと思っています。これまでJAXAの宇宙飛行士で宇宙を経験した人は9人誕生しましたが、JAXAを完全に離れた宇宙飛行士は私が当時では初めて。私なりに考えがあっての決断でした。9人全員がひとつの組織に固まっているよりも、各方面に散らばり連携するほうが、今後の日本のためになるのではないかと。JAXAだからこそできることがある一方で、外に出ないとできないこともあるかと。
     一口に宇宙開発といってもさまざまですが、ゆくゆくは日本からも宇宙に行けるようになってほしいと願っています。日本にまだ有人宇宙船がないのは残念なこと。「宇宙飛行士になりたい」という子どもは昔も今も変わらずいるんです。私は「宇宙戦艦ヤマト」を見て宇宙飛行士に憧れたものですが、いまなら漫画の「宇宙兄弟」を読んでという子どもが多いようです。日本各地を回っていると、宇宙のことが好きでたまらなくて、本気で宇宙のことを調べている子に会うことができます。
     私自身、宇宙に行くときはたくさんの人達に支えられました。今度は私が、頑張っている人を支えていきたい。それがいまの私の目標です。

    命を託す相手には「自己開示」が欠かせない

     私がスペースシャトル「ディスカバリー」に搭乗したのは2010年のことでした。宇宙に滞在したのは15日間ですが、JAXAの宇宙飛行士に選ばれてから10年もの訓練期間を経ています。その間、日本を離れて活動した期間が長いわけですが、私は現地のコミュニティからすると新参者。当然、戸惑いはありました。
     まず必要だったのは、私という人間を分かってもらうことでした。日本人どうしと違って「あうん」の呼吸が通用しない相手だから、というのもあります。でもそれ以上に、宇宙飛行士どうしの人間関係というのはちょっと特別なんです。
     例えば、会社の会議だと、自分の主張を理路整然と伝えることができて、相手の主張を理解できて、お互いが納得する解を見つけられたら、それで十分かもしれません。でも宇宙飛行士どうしになると、そこからさらに踏み込む必要がある。これから同じ釜の飯を食べて、長丁場の訓練を共に受けて、やがて同じ宇宙船に搭乗し、自分の命を託すこともあるかもしれない相手です。その人が普段何を考えていて、何が得意で何が苦手で、何が好きで何が嫌いなのか。そういう人間性の部分まで理解しておかないと、お互いの命を任せられないんです。
     英語には苦労しました。文法、リーディング、ライティングはそれなりでしたが、リスニングとスピーキングは日本人特有のアクセントも残ってしまって。でも実際は「どう伝えるか」よりも「何を伝えるか」のほうがずっと大切なんです。特別珍しいことを話すわけではありません。「ロボットアームは大学時代から研究していて好きなんです」「家族がいて子どもがいて、大変なこともあるけど、それが楽しいよ」みたいなことでいい。いつもより少し多めに自己開示するということです。それが、いざというときに頼りになる人間関係のベースになるんです。

    「助け合うのが合理的」であればチームワークはとれる

    2010年にスペースシャトル「ディスカバリー」に搭乗して 15日間宇宙に滞在、国際宇宙ステーションの組立に参加した。
    提供:JAXA/NASA

     とはいえ、宇宙飛行士どうしのコミュニケーションが難しいかというと、必ずしもそうではないんです。むしろ慣れてしまえば非常にチームワークがとりやすいところもある。それは、お互い真剣に助けあうという土壌があるからです。
     一見すると、訓練の場に集められた宇宙飛行士はみな「競争相手」です。早く宇宙に行きたいと思ったら、周りよりもいい成績を収めないといけない。でも、じゃあ自分のことだけを考えていればいいかというと、まったく逆なんです。ミッション中に事故でも起きれば宇宙計画そのものが延期され、自分も宇宙に行けなくなるかもしれない。それを回避しようと思ったら、たとえ競争相手であっても真剣に助けるのが、合理的な判断になる。そこで全員の利害が一致するということです。
     確かに、そこにいるのは異なる文化のもとで生まれ育った人間達かもしれません。でも「全員で助け合うのが合理的」だと皆が理解しているおかげで、チームワークはとてもとりやすいんです。
     それでも細かく見ていけば、コミュニケーション能力が問われる場面は多々ありました。例えば、ふたりでペアを組んで、ロボットアームを操作する訓練をしたときのことです。制限時間どおりスムーズに操作ができて、私自身は「うまくいった」と思ったのですが、教官からの評価はなぜか低かった。自分なりに理由を考えてみると、コミュニケーションが不足していたせいだと思い至りました。事前に情報を共有しないままロボットアームを操作したので、私がたまたまうまく操作したのか、それとも全部を理解したうえでうまく操作したのか、相手は見分けがつかなかったというわけです。それで、作業が多少遅れるにしても情報共有のステップは欠かせないものなのだと学びました。
     同じくロボットアームの訓練で学んだのは、「イエスマン」になってはいけないということです。ペアを組み、ひとりが主に操作をする側、もうひとりがそのサポート役を務めるとします。その場合、操作する側が「上に動かしていいか」と確認したとき、少しでも疑問があったらサポートする側は間髪を容れずに止めないといけない。「自分のほうが間違っているかも」と躊躇するのもいけないんです。判断がつかないなりに「もう一度確認しよう」などと言って止める。こうしてお互いにチェックしあうことで、大きなミスを未然に防ぐことができるんです。

    宇宙飛行士に共通する4つの能力

     「宇宙飛行士に向いているのはどんな人ですか」と聞かれると、意外に答えるのが難しい。どんなミッションにも対応できるよう、あらゆるタイプの人間を集めているのが実情ではないかと思います。それでも共通する部分はあります。リーダーシップ、フォロワーシップ、セルフマネジメント、状況把握の4つに長けていることです。
     リーダーシップとフォロワーシップは、それぞれ正反対の能力ですが、どちらも必要です。ある作業においてはリーダーを務め、別の作業ではサポートに回るなど、宇宙飛行士はさまざまな役割をこなさないといけませんから。また、日頃の業務のなかで訓練が占める割合は半分以下、残りは地上業務です。宇宙に行っている人間達のフォローに回ることもある。これも宇宙飛行士としての大切な仕事で、しっかり果たさないと、宇宙に行く機会を与えてもらえません。
     セルフマネジメントは自己管理能力のことです。主に、自分の仕事に必要な能力は自分で身につけなさい、ということなんですが、もう少し深い意味があります。人間誰しも調子のいいときと悪いときがあって、それでもチームの仕事に支障を来たすわけにはいかない。時には自分から助けを求めることも必要になる。そこまで含んだ自己管理能力です。
     最後に、状況把握の能力。実はこれが一番大切です。宇宙飛行士どうしがコミュニケーションをするときも、宇宙ステーションのなかで活動するときも、全体の状況がどうなっているかを分析しながら、そのなかで自分が何をするべきか答えを見つけなければいけない。なぜ状況把握が一番大切かというと、宇宙ではひとつのミスの影響が非常に大きいからです。ロボットアームにしても、ちょっとの操作ミスでたくさんの人が長年準備してきたことが台無しになってしまう。だから、あらゆる状況に気を配りながら、そのとき最優先にすべきことに対処する必要があるんです。
     この4つの能力は、結局のところチームのための能力とも言えますね。ある場面ではリーダーを務める一方で、別の場面ではフォローに徹する。常にチームのためを考えて、自分のベストなあり方を模索する。これは、ビジネスにおいてリーダーを務める方々にとっても、必要なことではないかと思います。
     私自身を振り返ると、ミッション中は「聞き役」「調整役」に回ることが多かったように思います。アメリカにしろロシアにしろ、他の文化圏の人間はしゃべるほうが得意。どちらがいいということはないのですが、いろいろな人間の意見を聞いて、チームに足りないところを発見し、その穴埋めをするといった、状況把握の能力は日本人が得意とする部分かもしれません。

    同じ人間どうし「誠実さ」があれば大丈夫

    「新しい環境で新しいことに挑戦するときに必要なのは『誠実さ』。 言葉で『どう伝えるか』よりも『何を伝えるか』が重要で、 言葉で伝えられないなら、態度で示せばいいんです」と語る山崎さん。

     誰しも、新しい環境で新しいことに挑戦するときは不安になるものです。一緒に仕事をする仲間とうまくコミュニケーションがとれないとなったら、なおさらです。それでも私が思うのは、結局はひとりの人間どうしだということなんです。
     使う言葉が違っても、育ってきた文化が違っても、相手は自分と同じ人間。そこで必要なのは「誠実さ」だと思っています。できないことはできないとちゃんと言う。できることは最善を尽くす。お互いに協力しあって良い解を見つけていく。それが誠実さであり、あらゆるチームワークのもとになるものなんです。
     先ほども言いましたが、言葉で「どう伝えるか」はさして重要ではありません。それよりも「何を伝えるか」。言葉で伝えられないなら、態度で示せばいいんです。小手先のテクニックでコミュニケーションをとるよりも、そういう人間としての「核」の部分を見せ合いながら、少しずつ信頼関係を深めていくこと。少し回りくどいかもしれませんが、長い目で見ればそのほうが、どんな場面でも協力しあえるいいチームをつくれると思います。

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