Global Frontline~グローバルな舞台でチャレンジする人たち~
創意工夫のコミュニケーションでASEANをつなぎ、人をつなぐ
プロフィール
髙谷由布子(たかたに・ゆうこ)
1987年、兵庫県生まれ。神戸大学文学部人文学科卒業。大学卒業後、江崎グリコ株式会社に入社。営業、人事、広報を経て2017年12月よりシンガポールに設立した地域統括会社 GLICO ASIA PACIFIC PTE. LTD. の初期メンバーとして参画。ASEAN地域における6カ国7社の社内コミュニケーションを担当。対外活動としては、メディアリレーション、コーポレートサイト運用、お客さま対応、CSRなど、社内外のコーポレートコミュニケーション全般に従事。
新たなチャレンジを求めてシンガポールへ
現地法人の立ち上げにともない、シンガポールに赴任して、この年末で3年になります。当社はシンガポール、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナムの、ASEAN6カ国7社を統括しており、私はそこで広報を担当しています。
社外向けのコーポレートサイトや社内ポータルの制作運営、社内と社外のコミュニケーション、顧客対応、CSRなどが私の主な仕事で、シンガポール、マレーシア、フィリピン、ベトナムのローカル広報と、リージョン全体の広報を担っています。
シンガポールに来ることが決まったのは、ちょうど30歳になった年でした。これからの人生やキャリアを考え、ステップアップの道を模索し始めた時期でもありました。そもそも私は、ずっと一つのことに取り組むよりも、節目節目にステージを変えて何か新しいことにチャレンジしたいタイプの人間です。営業、人事、広報を経験し入社8年目を迎えた当時の私にとって、一番チャレンジングに思えたのが、海外で働くことでした。
そこで当時導入されていた会社の海外トレーニー制度に応募したのですが、希望していたインドネシアへの派遣は、結局その年は行わないことになり、がっかりしていたところへ、シンガポール行きの内示が出たのでした。もしかしたら、海外トレーニーに応募していたことや、ASEAN地域へ行きたいと希望していたことも、プラス要因になったのかもしれません。
シンガポール支社は2017年6月に設立し、私は12月に着任しました。はじめの半年は、備品を揃えたり、ネットワークの構築サポートをしたりと、さまざまな準備に追われました。忙しくはありましたが、まるでベンチャー企業の立ち上げのような、わくわくする体験ができました。
“イングリッシュ”と“シングリッシュ”に悪戦苦闘。それでも「意外と何とかなった」
海外に出てみて一番苦労したのは、やはり言葉の問題です。大学では部活一色の4年間を過ごし、就職してからも英語を使う仕事とはほとんど無縁でしたから、私の英語力は壊滅的に下がっていました。
海外トレーニー制度に応募しようと思った頃から、少しずつ勉強を始めてはいましたが、シンガポール行きが決まった時点でも、まだまだ英語力は十分とはいえず、まさにチャレンジ精神で初の海外赴任に臨んだのでした。
迎えてくれた上司はシンガポール人。同僚の国籍もさまざまです。最初は、話したいことがたくさんあっても、自分が英語で伝えられるのはそのごく一部、さらに相手に伝わるのはその何割かという状態で、何度ももどかしい思いをしました。
また、シンガポールで話されている特徴的な発音やイントネーションの英語 “シングリッシュ”やシンガポーリアンの間で慣用的に使われている、独特の語いや言い回しにもとまどいました。例えばある朝、オフィスで誰かが話しています。「彼、今日はMCだって」「オッケー」。さあ、どういう意味でしょう? 実はシンガポールでは、ドクターからのMedical Certificate (MC)を会社に提出して、初めて病欠が認められます。だから「MC=病欠」なのです。このような初めての体験に多々直面し当初は悪戦苦闘したものの、今では地元の友達もたくさんできて、言葉をめぐる不安やストレスはほとんどなくなりました。
ところで、英語の苦労話の後にちょっと矛盾するようですが、実はシンガポールに来る前の私には、「英語力は完ぺきではないけれど、行けば何とかなるだろう」という思いも、心の隅にありました。そして結果は、「意外と何とかなったな」です(笑)。
そう言えるのは、それなりの理由があるからです。実際のコミュニケーションは、言葉だけで完結するものではありません。正しい文法も語彙ももちろん大切ですが、表情、ジェスチャー、伝えたい思いといった要素も大きいのです。それらを総動員して英語力を補い、一生懸命に話し、相手の言葉を理解しようと努めると、それなりにコミュニケーションは成り立つものです。それが分かったので、今は「相手に何をどう伝えたいか」を、まず考えるようにしています。
そして、「言わなくても分かるだろう」という、日本流の以心伝心に頼らないこと。不確かなことはその場で確認し、英語が多少へたでも、できるだけ明確なやり取りを心掛けることが、「何とかなる」ための基本だと思います。
伝わらないコミュニケーション。その責任は発信する側にある
これまでに英語と並んで苦労したのは、コミュニケーションそのものです。妹の一人が軽い知的障害をもっているので、私の家族はみんな、彼女がピンときやすい言葉を選んで話します。家族という小さな集団のなかでさえ、異文化コミュニケーションのような感覚があることを、私はこれまでの人生のなかで学んできました。それにも関わらず、その難しさにあらためて気づいたのは、日本で広報の仕事をしていたときでした。海外オフィスの広報担当者とのオンラインミーティングで、「では次回までにこれをやっておいてくださいね」と伝えて「はい」と返事が返ってきても、相手はいつも半分くらいしかやってこないのです。忙しくて対応する時間がなかったのだろうと思っていたのですが、何度も同じことが続くので、あるとき思い切って、こう尋ねてみました。「何に困っていますか?」と。
返ってきた答えは、思ってもみなかったものでした。「説明された内容がよく理解できず、何をすればいいか分からなかった」というのです。私はちゃんと説明したつもりだったのに、相手は何をすればよいかをまったく理解していなかったのです。
伝わらないコミュニケーションは、発信する側の責任だと私は思っています。こちらが当たり前と思っていることは、必ずしも相手の当たり前ではありません。相手が分かりやすいように話し、その人がちゃんと内容を理解しているか、確認しながら話を進めることは、コミュニケーションの基本ではないかと思うのです。
あれ以来、誰かに指示を出すときは、何をしてほしいかだけではなく、それをやる目的は何か、そうすることでアウトプットはどうなるかなども含めて、相手がイメージしやすいように話すことを心掛けてきました。分からないことは遠慮なく質問してもらえる雰囲気づくりにも、もちろん配慮をしています。
今の職場でも、こうした学びは生きています。タイとインドネシアの広報担当者との打合せで、合同ミーティングより、個別ミーティングが多いのもその表れです。広報の仕事の経験や、仕事に関する理解度は人によって違うので、一人一人と丁寧に話をし、その場で質問を受けたほうが、結果的に小さい労力でみんなの理解が深まるため、全員の足並みが揃いやすいのです。このようにコミュニケーション一つひとつに創意工夫を重ねています。
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