Global Frontline~グローバルな舞台でチャレンジする人たち~
単身送り込まれたシリコンバレーで新たな事業を開拓する
プロフィール
岡崎仰(おかざき・たかし)
一橋大学商学部商学科卒業後、日本生命保険相互会社に入社。個人保険事業の企画部門にて、異業種企業との提携事業の企画および実行、ビッグデータ分析基盤やクラウドコンピューティングの導入など、社内初の新規案件を数多く担当する。2017年、シリコンバレー拠点の立ち上げのため、米国に赴任。現在は、Nippon Life X Silicon ValleyのR&D業務のヘッドとして、当地で調査や提携先の探索、テクノロジービジネスの企画・開発活動に従事。スタンフォード大学のUS-ASIA Technology Management Centerで客員研究員としても活動している。
コミュニケーションは「Yes But」ではなく「Yes And」を意識
シリコンバレー流のコミュニケーションとは何かといえば、デザインシンキングでも重視される「Yes And」のマインドセットです。
日本の会社の会議などでよく見る風景ですが、新しい提案が出てきたとき、「言いたいことはわかるよ、でも実現性が……」とか「良いアイデアだと思うんだけど、予算的にどうかな……」などといった、「肯定の皮を被った否定的発言」が議論を支配するときが必ずあります。そこでどれだけ粘りを見せられるかが、提案者の真価の問われるところでもあります。私も日本にいた頃からさまざまな新規案件を手がけましたが、提案したときに誰からの反対も受けなかったものは一つもありません。反対意見を基に改善を施して再提案したこともあれば、社内で提案が受け入れられる土壌が整うまで待ったこともあります。
そうして実現にこぎ着けたときの喜びはひとしおではあるのですが、日本式の「Yes But」のコミュニケーションは「Yes And」のそれと比べて議論が発展しづらいのが難点です。特にシリコンバレーでビジネスをやっていくには、過去や現在ではなく、「未来」を見据えた対話ができなければ、良いパートナーシップを築けません。だからこそ、「Yes And」のコミュニケーションがより重要になってきます。それに、異文化コミュニケーションでは、違うアイデアを受け入れて、発展的に議論するほうが相手に好まれますし、結果的により良い結論を得られるケースが圧倒的に多いです。
ところで、異文化コミュニケーションというと、対外国人、対外国企業を思い浮かべがちですが、実は国内で仕事をしていても異文化コミュニケーションに直面する場面がしばしばあります。特に多いのが、他社との共同プロジェクトにおいてです。
私は通信業界などの異業種企業との提携事業の企画・実行を何度か経験しています。そのときに感じたのが、企業ごとにこんなに文化が違うのか、ということです。
例えば、企業同士の「提携」と聞いて、皆さんはどのような形態を想像しますか。もちろん、文脈によって変わってくるでしょうが、「排他的な業務提携」なのか「オープンなビジネス連携」なのか、企業ごとに言葉の定義が違うケースが多々あるのです。つまり、同じ言葉を使っているはずなのに、想像しているものが違う。その擦り合わせを行わないまま事態が進行していくと、いつの間にか埋められないほど大きなギャップができていた、ということにもなりかねないのです。
幸い、そこまで事態を悪化させてしまった経験はありませんが、提示するビジネスプランの立案や実務的な詰めもさることながら、そのベースとなるコミュニケーションを円滑に行うにはどうすればよいか、幾度となく悩んだものです。
円滑なコミュニケーションのために行ったことの具体例としては、資料のレイアウトや言葉遣い、色使いなどを先方の資料に似せるなどして、先方がおそらく理解しやすいと思われるフォーマットや表現にする。また、収支計画を作成する際には、その前提となる収支計算用のプログラムを自分で作成して先方に提供し、事業計画の数字の前提を擦り合わせたこともあります。
こうした議論の前提を擦り合わせ、お互いが理解しやすい形で進めていく工夫は、グローバルでビジネスを行う上でも必要とされるものです。いつか海外で仕事をしたいと思っている人は、異業種との協働の機会があれば、将来のためのスキル蓄積の機会とも捉えて積極的に活かしてほしいですね。
もう一つ、私がパートナー企業とのコミュニケーションで心がけていることをお伝えします。それは、小さな成功のステップを共有し、積み上げていくことです。
例えば、米国のスタートアップ企業と実証実験を行うとき、プランニングや開発などで私たちがコミットできる領域があれば、できる限り自分のチームで行うようにしています。また、日本のビジネス部門のパートナーにも、プロジェクトの最初から関ってもらうようにしています。要するに、そのプロジェクトに関わる全員が、「自分事」として業務に携わり、最初から最後まで、みんなで苦楽を分かち合うことで、お互いの信頼関係を醸成していくわけです。
実際、あるスタートアップ企業とこうした形で実証実験を進めていったところ、先方のCEOから自分たちの会社に投資をしないかとオファーされたこともあります。確固とした信頼関係を結ぶことができたと実感しました。
相互扶助の精神で社会課題の解決に貢献したい
私がシリコンバレーに転勤して3年あまりが経過し、取り巻く環境もずいぶん変化しました。スタッフは6人に増え、間借りしていたパートナー会社のオフィスを出て自社オフィスを立ち上げ、イノベーション専用の投資ファンドを持ち、日本で米国のスタートアップ企業数社のソリューションの活用も始めています。
これまでに百社以上のスタートアップ企業の関係者と話をしてきましたが、シリコンバレーにオフィスを構える企業の多くは、社会課題の解決を目指すグローバル企業だということに気付きました。多くの企業が、従業員がわずか数名の段階から、アジアや日本を将来の市場として見据えているのです。
例えば、保険関連の社会課題としては、米国は国民皆保険ではないため、医療費が非常に高くなりがちなことが挙げられます。骨折しただけで1万ドルもの治療費を請求された、というような話を耳にしたことがある人も、いるのではないでしょうか。医療分野のスタートアップ企業の多くは、こうした課題解決のため、テクノロジーで病気を予防したり検知したりするチャレンジに取り組んでいますが、彼らは米国社会が求めている商品を生み出すだけでなく、それを他国にも展開して、その商品を必要としている世界中の人に届けようとしているのです。このような広い視野に立脚したビジネス感覚は、日本にいた頃の私にはなかったものですが、振り返ってみると、日本生命を志望した動機と重なる部分もあるように感じています。
私が日本生命に入社しようと思ったのは、保険契約者がオーナーとなる「相互会社」という形態に興味を持ったからです。特に、そのビジネスの根本である、「相互扶助の精神で、お金を必要とする人にお金を届ける」ことに魅力を感じました。資金を必要としているスタートアップ企業に投資し、それによって生み出された商品やサービスで世界中の社会課題の解決に貢献する。そんな仕事をこれからもやっていきたいですね。
また、最近では、インシュアテックやヘルステックと呼ばれる、保険や健康に関するテクノロジービジネスが広がりを見せつつあります。こうした技術をうまく使いこなすことができれば、これまでにないビジネスを生み出せるのではないか。保険業界にも、イノベーションが生まれる余地はまだまだたくさんある。そんな思いも強くしています。
――岡崎さんが大切にしていること
日本人が海外で働く上での「強み」や「弱み」について聞かれることが時々あります。個人的には、「弱み」を認識したとしても「違い」程度に思うようにしています。例えば、私は先端のAIやブロックチェーンを使ったサービスのプログラムを自分でコーディングすることはできません。一方で、シリコンバレーのエンジニアが持っていないものを持っています。一例ですが、日本で10数年キャリアを積んだことも、「グローバル市場における日本のマーケットに詳しい」という「強み」です。こう考えると、世界のどこでも誰とでも、対等にビジネスができるのではないでしょうか。
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