Global Frontline~グローバルな舞台でチャレンジする人たち~
世界中に日本の焼き肉文化の魅力を広めたい
プロフィール
石田傑(いしだ・すぐる)
早稲田大学教育学部卒業後、株式会社博報堂に入社。大手自動車メーカーや飲料会社、食品会社などのセールスプロモーションを担当する傍ら、年間150店もの焼き肉店を食べ歩いてはブログで情報発信する日々を送る。2007年に博報堂を退社し、ブロガーのネットワークをベースにマーケティングを行う株式会社食レコの創設に参画する。14年、かねてより温めていた日本の焼き肉文化を海外に伝えるプランを実行すべく食レコを退職し、Yakiniquest Pte. Ltdを設立。15年1月29日、シンガポールに「BEEF YAKINIKU DINING YAKINIQUEST」を開店。
現地の食文化を尊重しつつ、日本の焼き肉文化を伝える
こうして15年1月29日、シンガポールの地に「BEEF YAKINIKU DINING YAKINIQUEST」をオープンし、世界中の人々に日本の焼き肉文化の魅力を知ってもらうという私の目標に向けて最初の一歩を踏み出すことができました。ところが、お客さんの9割は日本人で、現地の人々はなかなか来てくれません。どうすれば、より多くのシンガポール人に足を運んでもらえるのか。メニューやサービスの見直しを繰り返しました。
大きく変えたことの一つは、料理の提供方法です。それまでは、日本の焼き肉店でも一般的な、お客さん自身に焼いてもらうスタイルでした。これを店員がお客さんの目の前で焼き上げる方式に変えたのです。
来店されたシンガポール人のお客さんを見ていると、ほぼ全員がどの部位の肉も必要以上に火を通してからでないと口に入れようとしないことに気が付きました。例えば、赤身の肉などは焼き過ぎないほうがおいしいですよと言っても、芯までこんがり火を通してしまうのです。おそらく、熱帯のシンガポールで生まれ育った人にとっては、よく火を通さずに肉を食べることに抵抗があるのでしょう。とはいえ、和牛は部位に最適な焼き方・食べ方をしてこそ、その真の魅力を堪能できるものです。そこで、店員が最適な焼き加減に調理した上で提供することにしたのです。
もちろん、無理強いはしません。何世代にもわたって受け継がれてきた食文化や食習慣はそう簡単に変わるものではありませんからね。やはりレアでは食べたくないという人には、しっかり火を通してから召し上がっていただいています。一方で、せっかく和牛の焼き肉を食べにきたのだから、日本スタイルでレアにチャレンジしてみようというお客さんもいて、そういう人から「牛肉をレアで食べるとこんなにおいしいとは知らなかった」などという言葉をもらったときには、心の中で渾身のガッツポーズです。この仕事を選んでよかったと思える瞬間です。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による経営危機を乗り越えて
開店から5年が経過し、客層もずいぶん変わってきて、シンガポール人が6割、日本人が4割になりました。ようやく現地の人にも日本の焼き肉文化を少しずつ知ってもらえるようになってきた。そんな手応えを感じ始めた矢先に発生したのが、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行です。
シンガポールでも、4月初めから6月頭までの約2カ月にわたって「サーキットブレーカー」という名目で実質的なロックダウンが実行されました。店内での飲食は禁止されたので、デリバリーとテイクアウトへの対応を余儀なくされましたが、いつもの3倍働いても売り上げは3分の1という状態が続き、経営的にも精神的・体力的にも非常に厳しい期間でした。
一番つらかったのは、終わりが見えなかったことです。当初は1カ月程度の予定が6月1日まで延長され、その後は段階的に制限が緩和されていきましたが、いつになったら本格的に営業再開できるのかは不明瞭だったので、一時は本気で撤退まで考えたほどでした。
現在では徐々に客足が戻ってきたことに加え、政府の中小企業支援策が実施されたこともあり、どうにかほっと一息つけるような状態にはなりました。
被った損害は小さくはありませんが、いつまでもくよくよしているわけにはいきません。実は、パンデミック前から東南アジアの他の国に出店する計画を進めていました。コロナ禍によって計画に遅れは生じてしまったものの、21年の半ばくらいには実現できそうな見込みです。シンガポールの店は高級志向ですが、2店舗目はもう少しカジュアルな店舗にしたいと考えています。高級店から庶民的な店まで、幅広い価格帯に対応しているのも日本の焼き肉文化の魅力の一つです。これからも、さまざまなアプローチで日本の焼き肉文化の素晴らしさを世界に広めていきたいですね。
――石田さんが大切にしていること
日本の食文化を海外に広めたいという夢を抱いてシンガポールにやってくる日本人は少なくありません。彼らに時々見受けられるのが、うまく事が運ばないと「日本の繊細な味付けはシンガポールの人には分からない」などと見下すような考え方をしてしまう傾向です。そんな考え方では、どこの国に行っても受け入れてもらうことはできません。食文化には「違い」はあっても「上下」はないのです。相手の食文化を尊重した上で、どうすればこちらのそれを理解してもらえるか考える。その姿勢を忘れないように心掛けています。
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