Leader's Voice
ウソのつけない時代、ミッションを大切にすることがますます重要になる
プロフィール
岩田 松雄(いわた・まつお)
1958年大阪府生まれ。大阪大学経済学部卒業。1982年、日産自動車入社。在籍中にMBA取得。外資系コンサルティング会社勤務、コカ・コーラビバレッジサービス常務執行役員を経て、2000年アトラス入社、翌年代表取締役社長就任。タカラ取締役常務執行役員を経て、2005年イオンフォレスト(THE BODY SHOP JAPAN)代表取締役社長に就任し、ブランドを再生、売上・利益を倍増させる。2009年スターバックスコーヒージャパンCEOに就任、再成長軌道に乗せる。2011年リーダーシップコンサルティングを設立し、リーダー育成に携わる。
誰もがリーダーになり得る ― “経営経験”の有無が大きな差を生む
私は2011年に株式会社リーダーシップコンサルティングを設立し、現在、コンサルティング、研修、コーチングや執筆、講演などを通じて人を育てる活動をしています。こうしたなかで痛感しているのは、経営経験の有無が大きな差を生むということです。幸い私は計8年間、社長として経験を積むことができました。特に、ザ・ボディショップ、スターバックスという、素晴らしいミッションとブランドをもつ企業のトップを経験できたことは何よりの幸運でした。社長になれば、四六時中、経営にコミットメントすることになります。集まってくる情報も膨大です。事業部長といった一部門のトップとは見える景色がまったく違うのです。
企業経営から退いたいまも、ビジネスのリーダー達が集まる取締役会や経営会議に出席する機会が多くありますが、やはりトップの経験がある人達は説得力のある発言をしています。トップに立つまでは、専門分野のことは分かっても、全体を見渡すことは難しく、視野が狭くなりやすい。広く物事を見渡して意思決定をする社長の経験は、かけがえのないものです。
私のリーダーとしての原点は、高校時代の野球部にあります。私は、周囲から推されてキャプテンになりましたが、このとき非常に苦労しました。しかしその苦労や経験が現在につながっていると、いまあらためて思います。良きリーダーになるには、リーダーの経験を多く積むことです。企業のトップつまりリーダーになるのは簡単ではないでしょう。しかし、ボランティアやNPO、少年野球のコーチなど、どんな組織でもいいので、チャンスがあれば手を挙げてリーダーの経験を積むことをお勧めします。その組織をより良くしたいという思いを誰よりも強くもっていれば、私は誰もがリーダーになれると思っています。リーダーだからこそできる経験を積むことは、とても大変だけどやりがいもあり、人生に大きな差を生むと思います。
人の評価は“人間性”を判断することが大切
私は自分の経験を活かして、経営者や若いリーダー達を育てたいと思って、仕事をしています。それがいまの私の「ミッション」です。さまざまなベンチャー企業の経営者が相談に来られますが、その多くが同じような間違いをしています。それは特に人の採用や人材にかかわることです。履歴書に書いてある、学歴、職歴、スキルだけで人を判断するのはとても危険です。私も多くの間違いをしてきました。そう分かっていても罠に陥るのです。これは、採用だけでなく、社員の評価にもつながる話です。例えば、同じポジションで100の成果を上げた人と150の成果を上げた人がいるとします。普通に考えれば、成果150の人が評価されるはず。でも、よく観察すれば、100の人は会社のミッションを体現し、部下を育て、お客さまにも評判がいい。一方の150の人は、部下の手柄を取り上げたり、仲間の足を引っ張ったりして数字を上げている。この場合、昇進させるとしたら、私は絶対に100の人を昇進させます。物事は「数字」を見るだけでは足りません。普段から「人間性」を見ることを心がける必要があります。人事こそ慎重に――迷ったらやめる。私が社長を経験して得た大きな教訓です。
リーダーの醍醐味は“人の成長”を見ること
私が社長時代に一番嬉しかったのは、人の成長に触れたときでした。ザ・ボディショップ時代にはこんなことがありました。学生向けの会社説明会で、私の会社の紹介の後、先輩社員達のトークが行われたのですが、そこで入社1年目の社員が、お店の仕事の楽しさ、会社のミッションの素晴らしさなど、与えられたシナリオは何もないなかで堂々と話してくれたのです。ほんの1年前には学生として聴衆側だった社員の成長に驚くと同時に、大きな喜びを感じました。
社長としてのもう一つの大きな喜びは、予算を達成して特別賞与などを社員に配るときでした。社員全員が一つの目標に向かって頑張り、それが報われて皆で喜びを共有することができる。これもリーダーの醍醐味の一つだと思います。
ネット時代に増すミッションの重要性
スターバックスが素晴らしいブランドとして人気があるのは、コーヒーが美味しく、とてもリラックスできる空間を演出していることはもちろんですが、「人々の心を豊かで活力あるものにする」というミッションが、パートナー一人ひとりに浸透しているからです。お店でのコーチング、人事評価はそのミッションに従って評価し、行動是正や行動強化を日常的に行っています。ミッションを基軸にした組織文化が根づいているのです。
インターネットや監視システムが発達し、世の中は「ウソのつけない時代」になっています。だからこそミッションのような本質的なものが、ますます重要になっていくのです。例えば、ミネラルウォーターのメーカーが、いくらキレイなイメージ映像を使って「おいしい水」を広告宣伝しても、実際に飲んだ多くの人が「おいしくない」と感じて、ネットでつぶやいた瞬間にウソがバレます。いくらイメージづくりに大金を注ぎ込んだところで、ネット上の消費者のつぶやきの威力にはかないません。マーケティングの権威、フィリップ・コトラーもマーケティング4.0で「ブランド」の重要性を説いているように、「このブランドは常にいい商品をつくる」――そう思ってもらえてこそ、新商品も安心して買ってもらえるわけです。
私はそのブランドはミッションと表裏一体だと考えています。ブランドとは、本来ミッションが滲み出て形成されるべきもので、同じものであるべきです。ミッションを愚直に実行して、それがお客様に伝わり、ブランドが形成される。ブランドには、その会社の商品、イメージ、社員の雰囲気、外部から見たすべてが集約されています。しかしいくら、素晴らしいミッションを掲げていたところで、行動が伴っていなければ、本当のブランド形成はされません。
インターネットが破壊的な力をもった時代、本質的な商品やサービスに磨きをかけ、人々につぶやいてもらわなければなりません。そのため消費者の満足度で10点中7点や8点を目指すのではなく、9〜10点と感じてもらわなければなりません。そうでないとつぶやいて他者に推奨してもらえません。嘘のつけない、より本質的な価値で勝負する時代になりました。おいしい水を提供したい――このミッションを愚直に取り組むことが何よりも大切になってきています。広告宣伝やイメージづくりに多額のお金を使うより、ミッションである本当に消費者にとって「おいしい水」を届けることに力を集中した方が良いのです。
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