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M&Aのプロが見た企業と人の成長の現場 岡敏子 氏 プライスウォーターハウスクーパース マーバルパートナーズ株式会社 代表取締役社長M&Aのプロが見た企業と人の成長の現場 岡敏子 氏 プライスウォーターハウスクーパース マーバルパートナーズ株式会社 代表取締役社長

M&Aのプロが見た企業と人の成長の現場

企業M&Aの最前線に身を置いておよそ30年。日本のバブル経済からバブル崩壊、再生、低成長、グローバル展開など数々の局面を目の当たりにしながら、企業の成長と再生を支え続けてきた岡俊子さん。変革の時代に生き残れる強い企業の資質、グローバル時代の企業社会を牽引する人材の資質、そして「世界」を知ることの大切さを語ってもらった。

    プロフィール
    岡 俊子(おか・としこ)
    一橋大学卒業。米ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートンスクール)MBA。大手会計事務所系コンサルティングファームで新規事業のビジネスプラン策定や外資系企業の日本市場参入支援などのコンサルティング業務に携わり、2005年4月よりアビームM&Aコンサルティング(現 PwCマーバルパートナーズ)代表取締役社長。経済産業省産業構造審議会委員、M&Aフォーラム理事、ネットイヤーグループ社外取締役、アステラス製薬社外監査役、グロービス経営大学院非常勤理事、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科講師など各方面で活躍。著書に『高値づかみをしないM&A』(中央経済社)などがある。

    「人間の感情」と「資本の論理」の接点を探る

    M&Aコンサルタントとして企業を支え続けてきた岡さん、社外役員、講師、執筆など 活躍の場は広い。

     日本でも昔から組織のM&A(Mergers and Acquisitions)はありました。大店(おおだな)などの暖簾分けは、いわば会社分割です。1980年代のバブル経済のときは、日本企業がロックフェラーセンターなど、多くのアメリカの不動産やゴルフ場を買って騒がれたりもしました。
     日本でM&Aが本格的に増えていくのは、それから20年も経った、2000年頃からです。一時期は、大企業が弱い会社を飲み込むとか、「ハゲタカ」のようなイメージをもたれたこともありました。「和を以て貴しと為す」という日本の文化に、いわゆる敵対的M&Aは合わないと今でもいわれています。でもM&A自体は、日本企業にとっても重要な経営のツールです。
     M&Aは、先進国で多く使われます。経済成長が著しい時期では、一から必要な事業をつくって、成長させていきます。会社を買収しようとしても、対象となる会社がまだ育っていませんので、現実問題として、M&Aを機動的に活用することは難しいのです。ところが経済が成熟すると、一定の役目を終えた事業や経営資源が存在しますので、それらを活用できるようであれば、企業はM&Aによって必要な経営資源を手に入れることができます。一からつくるより手間がかからず、何よりも時間が節約できます。グローバル経済下ではスピードは大切です。また、事業に必要ではないと判断したときには売却できる、という観点も実は重要なのです。M&Aは、社会において、経営資源の再活用を促進させるという機能を担います。
     M&Aのコンサルタントとして、気を遣うのは、立場が不安定な買われる側の企業の気持ちですね。本来M&Aは、単なる経営のツールでしかありません。現在の株主にとっては、持っていた株を買い手に渡すというだけのことです。でも、買われる側の企業で働く人達にとっては、株主が交代するというのは大きな出来事です。「そもそも株主が変わるなんてショック。以前の株主は良かったけれど、新しい株主は嫌だ」ということになれば、仕事のサボタージュにもつながりかねない。買い手にとっては、100億円で企業を買っても、価値が失われてしまえば、大きな損失です。

    日本市場参入を支援したオーストラリアの椅子メーカーにて、会社の仲間と。

     よくあるケースは、「親会社は子会社をしっかり管理したい。ところが買われた側は、ある程度の自由度をもって自立的に仕事を進めたい」という関係です。そんなときに、親会社が子会社に、現場の小さなオペレーションについてまで逐一介入してくるとうまくいかない。やがて子会社から不満の声が上がって、嫌気がさした子会社の社員が会社を辞めていく、などということが起こります。
     買われた側が、新しい株主の組織の一員として、共に目的を達成しようと思えるかどうかが重要なんですね。M&Aのコンサルタントは、そのような買われた側の社員に対してもきめ細かい配慮をしながら、「当事者の感情」と「資本の論理」のギリギリの接点で仕事をしています。バランスが重要です。

    経営ツールとしてのM&Aは経験を積むことが大事

     日本の企業がM&Aを使いこなすための課題として、意思決定のスピードが挙げられます。
     多くの日本の会社では、意思決定するまでに時間がかかります。その場の温度がある程度暖まらないと、意思決定をしません。意思決定の前に社内調整がなされることが多いのですが、その際に後向きの発言が出てくることがあります。明確にNOと言っているわけではないのですが、後向きなのです。こういった「隠れ反対者」が鎮まるまでは、なかなか意思決定しようとしません。
     また多くの日本企業では、取締役会が各事業部の代表によって構成されています。すると往々にして、自分の事業部の利益代表をしてしまい、会社全体としての視点を見失うことがあります。あるいは、もっと確信犯的に、自分達の事業部の案件では反対されたくないので、別の事業部の案件については口をつぐんでいるとか。積極的な賛成をするわけではないので、これまた意思決定の場の温度が上がらない、こんなことが起こりがちです。
     日本でもM&Aで成功する会社は出てきています。例えば、JT(日本たばこ産業)です。JTは、かつてはドメスティックな企業でしたが、アメリカでRJRナビスコ社の米国外のタバコ事業を、その後イギリスのギャラハーを買収しました。その結果、タバコ産業の業界で世界第3位のポジションを得ています。
     M&Aは経営のツールにすぎませんから、経験が重要です。経験を積むことによって、M&Aのプロセスを進めること自体もうまくなるし、買収後の経営にもその経験が生かされる。どんな企業も、最初からうまくやることは難しいので、実務の積み重ねが必要です。
     それから、今後M&Aを活用しようとする企業へのメッセージですが、何のために買収するのかを常に自分に問いかけることが重要です。M&Aのプロセスに入ると、買収すること自体が目的となりがちですが、買収することや組織を統合することは目的ではありません。何かを実現させるためのM&;Aであり、組織統合であることを忘れてはいけません。

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