Leader's Voice
日々真新しいビジネスに出合う幸せ。「好き」を突き詰めれば代替不可能の存在に
プロフィール
蛯原 健(えびはら・たけし)
1994年、横浜国立大学経済学部を卒業し、日本合同ファイナンス(現ジャフコグループ)に入社。以来一貫してベンチャーキャピタル、スタートアップ経営に携わる。2008年、リブライトパートナーズ株式会社を日本で設立、スタートアップ投資事業を手がけると、10年、シンガポールに拠点を移し、東南アジアでのベンチャー投資を開始。14年にはインドに常設チームを設置して投資活動をスタートした。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。著書に『テクノロジー思考 技術の価値を理解するための「現代の教養」』(ダイヤモンド社)がある。
かつて日本にあった熱をインドネシア、インドに見る
私はこれまで約30年にわたってベンチャーキャピタル、スタートアップ経営に携わってきましたが、振り返ってみれば、子どもの頃からなぜか起業に興味があったんですね。ただ、私が大学を卒業した1990年代は、今ほど起業が一般的ではなく、起業するのは「ちょっと変わった人」だけだったんですよ(笑)。私はそこまで変わり者ではなかったし、どうしようかなと思っていた時に、起業家を支援するベンチャーキャピタルというビジネスがあることを知ってジャフコに入社しました。ここで6年間、サラリーマンとしてスタートアップへの投資について修業をしたわけです。その後、ジャフコが投資していた会社に転職して経営に携わった後、2008年に自分の会社を設立しました。
シンガポールに拠点を移したのはその2年後ですが、これは戦略というより偶発的な人との出会いが理由です。「東南アジアが起業ブームで盛り上がっている」と言う知り合いの誘いで、初めてインドネシアのジャカルタを訪れたところ、インターネット関連の起業ブームが起きた頃の日本と同様の熱があった。そもそもASEANでもGDPの3分の1を占めるなど圧倒的に大きな存在であるインドネシア。投資を始めると、すぐにこれが確かなメガトレンドであることが分かりました。さまざまな発展段階を飛ばしてデジタルが一気に普及するいわゆるリープフロッグと呼ばれる現象によってインターネット・ブームが起きた、数十年に一度の大波です。日本もアメリカも中国もそうでした。その先がどうなるかは別として、今そのブームが東南アジアで起きているならみすみす逃す手はない。どうせなら東南アジアに振り切ろうと、会社をシンガポールに移し、自分自身も移住したというのが経緯です。
その後、インドネシアからASEANへと範囲を広げて投資をしましたが、2014年あたりから、今度はインドに動きが出てきます。当社のウェブサイトにもインドのスタートアップから投資の誘いなどがやたらと来るようになった。これは何か起きているなと思って“インドのシリコンバレー”と呼ばれるバンガロールを訪れたら、ジャカルタで感じたものと同じ熱があったんですね。これもまた逃す手はない。ただ、インドは巨大かついろいろな意味で特殊な市場なので、専門のチームを2014年にインドにもつくりました。
今インドのブームは頂点を迎えているのではないでしょうか。時価総額世界トップ3社のうち2社の経営トップはインド人です。しかも移民二世ではない、一世です。マイクロソフトのサティア・ナディラさんなどは、大都市のお金持ちの出自でもない公務員の息子さん。これがインドの勢いを象徴しています。イギリスのリシ・スナク首相はインド系移民二世だし、アメリカを見ても副大統領はインド人の母を持つカマラ・ハリスさん。今、当社の役職員も半分以上はインド人です。
インドネシアに注目したのも、インドに進出したのも、先見の明ではなく論理必然。GDPや人口動態を見れば誰でも分かることで、私はそれをただ実行に移しただけです。今、私たちは投資を完全にASEANとインドに特化していますが、身を捧げる対象としてこれ以上のものはなかったと思いますね。
多国籍のメンバーとの間に「言わずもがな」の前提はない
ビジネスの本質は、拠点をどこに移してもそう大きくは変わりません。ベンチャーキャピタルというビジネスは誕生から半世紀以上を経て、ほぼ確立されています。人様のお金を預かって、起業直後のスタートアップというアセットクラスに投資をし、しっかりリターンを出していく。ただ、日本人である私が、異国の地でゼロから経営チームを組成し、マネージしていくわけですから、そういった意味では日本とは大きく違います。
多国籍の人たちを束ねる経営スタイルは人それぞれですが、私が心掛けているのは、細かく説明し、相手の話を聞くことです。日本人同士のコミュニケーションであれば、ベースとして社会やビジネス上のコモンセンスがあるので、あまり説明をせずとも物事は進められます。いわゆるハイコンテクストの文化です。それに対して外国人同士の場合はローコンテクスト。「暗黙の了解」や「言わずもがな」の前提はないものとして、物事の100分の100を説明する必要がある。自分の要求も期待値もしっかり伝え、相手の言い分も意識して聞かなくてはいけません。そして少々面倒かもしれませんが、このコミュニケーションスタイルを常に維持し、サボらないことが重要です。
インドはソフトウエアやIT産業で世界一のレベルにありますが、インドに発注して失敗したという日本企業は少なくありません。しかしよくよく聞いてみると、その原因はコミュニケーション不足というケースが多い。要件定義をきちんと行い、仕様書に落とし、それを説明する。それができていなかったというパターンです。社会が違えば、物事の考え方も常識も微妙に違います。だからコミュニケーションをサボるとズレが溜まり、どこかで軋轢が起きて爆発する。これは経営者とメンバーの間だけではなく、メンバー同士の関係においても同様です。当社はシンガポール、東京、インドに拠点がありますが、常に拠点間のメンバー同士、そのようにコミュニケーションをとるよう促しています。
日本の現状についてネガティブな言説が多すぎる
最近、気になるのは、日本の言論空間というか、メディア上や日本人同士の会話のなかで、日本が実態以上にネガティブに語られていることが多いのではないか、という点です。その方がメディア的にウケがいい、という事情もあるのでしょうが、そのような情報に接した人はネガティブになり、それがネガティブスパイラルを起こす。もちろん人口減少や高齢化などの要素から日本の経済や社会が停滞している面があることは否めません。JETROなどの統計を見ても、インドにおける日本企業の事業拠点がASEAN諸国に比べ極端に少ないなど、グローバル展開において機を見ることに疎い傾向もあるでしょう。2014年当時、インド専用ファンドをつくって私たちが日本企業に提案をした際も、インドへの積極的な投資に賛同いただける企業は多くありませんでした。理屈は分かるけど今は踏み込めない、やり方が分からないという姿勢です。ただ、これは総論の話で、個別各論では積極的に動いている企業ももちろんある。そもそも問題点のない国などありません。日本に良い点はたくさんあるし、全科目の合計点で言えば悪くない。定性的な見方をすれば、日本人が思っているよりまだ日本は輝いているし、憧れも持たれているし、好かれてもいる。日本の製造業にもまだ強みがあります。
日本の問題点を因数分解すると、大きく国内要因と国外に向けた日本企業の経済活動という2点になりますが、国内要因で最も大きな停滞要因はマクロ金融経済の状態、具体的には超長期にわたるデフレでしょう。これほど長くデフレになっている先進国はありません。今日より明日、物が安くなるのであれば人々はモノを買わないし投資もしない。設備投資も人材採用もしない。留まっていた方が有利なら転職も起業もしません。一方、私が仕事や生活をしている東南アジアやインドでは基本的にインフレで、つまり今日より明日の方が物が高い。そうなれば皆お金を使う。給料も上がると信じて疑わない、借金してでもモノを、住宅や車を買う。日本はその真逆なのです。
この30年間、日本には上場して時価総額で1兆円を超える会社になったスタートアップは極めて少ない。ちなみにアメリカでは百社以上に上ります。しかし、この“失われた30年”以前には、世界に輝く偉大な企業が日本でも生まれていました。不良債権処理の失敗後、金融経済の政策を間違ったことで、低起業、低成長、低賃金の社会が生まれた。国際競争力が低下すれば、必然的に海外にも進出しなくなります。こうした理由もあって、日本人はいわゆるグローバル企業経営が世界でも抜きん出て下手です。これが日本低迷のもう一つの要因です。内部経済が悪化するなか、海外にも出られないといった不健全な状況が30年も続いたことでどんどん地盤沈下した。原因は他にもいろいろありますが、これが今「日本はダメだ」といわれる最大の元凶ではないでしょうか。ただ、裏を返せばここが変われば状況は好転していくということ。実際、デフレからは脱しつつあるわけで、緩やかで適度なインフレ傾向が続けば、相当状況は良くなっていくと思います。
それに、日本の若者たちを見ていても、決して悲観すべきことばかりではないと感じています。私は2~3カ月に1度日本に帰りますが、その際に高校生を含め若い人たちとも意識的に会うようにしています。彼らの口からは海外留学や海外就職などの話が普通に語られる。優秀な若者たちは我々の世代よりカジュアルに海外に行っているのではないでしょうか。日本に限りませんが、イノベーションや社会問題の解決が仕事になると考える若者たちも増えているし、起業へのハードルも下がっています。以前は起業というと、裸一貫で会社を起こし、毎日カップラーメンを食べて、というイメージがあったかもしれませんが、今やそんなことはありません。我々のようなスタートアップ投資家やエンジェル投資家がいて、最初から資金が用意されるから当面は食べていけるといった環境は整ってきています。もちろん世界に比べ日本のスタートアップがメガ化しないという意味ではエコシステムの課題もまだ多くありますが、これもマクロ経済の健全化とともに大幅に改善されていくでしょう。
不正解の最たるものは「逆算からのハック」
私が若い世代に向けてよく言うのは、基本的な能力を磨くことの大切さです。それは突き詰めれば、何かを好きになる、興味や好奇心を持つという能力。マネジメントやマーケティングなどMBAで学べるような事はすでにコモディティ化しきっていて、いずれ機械やソフトウエアが担うようになるはずです。既になりつつあると言ってもいいでしょう。でも、ただ好きになったり面白いとエキサイトしたりすることは機械にはできません。本来、専門性というのは「好き」という気持ちがないと身につかないものです。お勉強の延長では、好きで取り組む人には絶対に勝てないのです。
これから最もしてはいけないと思うことの一つは、「一流大学に入る」「グローバル企業に勤める」といったことを目的として、そこから逆算をして行動することです。例えば、アイビーリーグやオックスブリッジを目指し、そのための専門家の言うがままにボランティアをしたり、リーダーシップを示すための活動を頑張ったりする。そうしてなるべく最短で効率的に逆算して成し遂げた結果、出来上がるのは金太郎飴のような人間ではないでしょうか。これまでの時代はそのような人たちがグローバルな舞台で活躍してきたと思いますが、そのような「ハック」が情報通信技術の発展とともに世界中に駆け巡れば、ハックによる人材であふれる。そうなると、今度は彼らの自己肯定感は下がってしまう。そういう人たちがリーダーとして活躍する40代になった頃、すなわち今から20年後くらいには、自己肯定感が高まることなく、「自分がいなくても仕事は回るのでは」「このままでいいのか」と悩むことになるのではないでしょうか。
私は若い頃から、いってみれば「スタートアップ馬鹿」でした。新卒で入社したジャフコでは、ドサっと渡されたリストをもとに朝から晩まで企業の社長に電話をかけまくりました。「どのような事業を手掛けているのか」「上場を考えていないか」と尋ねると、大抵ガチャンと電話を切られましたが、中には奇特な人がいて「君、今から来なさい」と言ってくれる。その人たちが語る話は「すごい!」と感じることばかり。それを毎日繰り返していたら、起業やスタートアップの素晴らしさにますます惹かれるようになりました。思えば、その繰り返しで30年間きたわけです。今も私は、インドやベトナムなどさまざまな場所で、真新しいビジネスを発明し、創造している若い人たちに会って話を聞いていますが、日々彼らの話に「この世の中にそんなことがあるんだ!」と驚いています。これこそこの商売の冥利です。
テクノロジー、金融、エンジニアリング、デザイン等々何でもいい。すごく好きになればそれが強みになります。お金儲けがすごく好き、でもいいのです。たくさんのものを見て、経験して、たくさんの人と会って、その人たちと何かをやってみる。そういう経験を通じて「好き」はどんどんバージョンアップされていくし、自然とリーダーシップも身につきます。若い時代は、ぜひそれを突き詰めてください。誰よりも詳しくて好きなことを持てば、代替不可能な人間になります。そうすれば自己肯定感も高まり、自分も周りもハッピーになる。私はそう思いますね。
インタビュー動画
記事の感想やご意見をお送りください
抽選で毎月3名様にAmazonギフトカード1000円分をプレゼントします
キャンペーン主催:(一財)国際ビジネスコミュニケーション協会
AmazonはAmazon.com, Inc.またはその関連会社の商標です。